第2話

文字数 3,904文字

 夜一番の仕事を終え、少し遅い夕食の時間。騒ぎはほぼ終息し、今夜やって来た多数は噂を聞きつけた他の地域の人々だ。ローズはとりあえずの処置をしきちんとした医者に相談するよう促しておいた。
ローズやフレアのような存在が、一定の時間に食事を摂るという行為は考えてみれば奇妙なことだが、これも安定した生活のおかげである。
「軽い不眠が起こり始めたのは二週間ほど前から、性別、年齢は関係なし、妙な流行り物もありません。あの地域の人達だけが突然不眠に陥ったようです」
「わたしが感じたことと同様ね。本人たちもまるで原因がわからない。それが事を余計に深刻化させる」飲み終えた血液パックをテーブルに置きため息をつく。「あなたの感じた匂いが関係している可能性はありそう?」
「発生源は特定しましたが、関連性はわかりません」
「それはどこなの?」
「少し前に記念碑の除幕式に招かれた公園です。あそこに生えていた大木です」
「記念碑、新市街建立二百年記念の記念碑?」
「そうです。でも、どうしてあそこなんですか?」
「あそこが新市街発祥の地だからよ。新市街はあそこから始まったの。もちろん当時は名前なんてなかった。まばらに草が生えているだけの土地。最初はこの塔の建設作業員用のキャンプ地でしかなかった」
「えぇ……、あそこの人たちに作ってもらったんですか」フレアは思わず周囲を見回した。
「あの人たちじゃなく、何代も前の話よ。人なんだから」
「あぁ、そうですよね」
「まぁ、あなたがここにやって来たのは、街が出来上がってからだから知らなくてもしかたないわね。わたしも話してなかった」
「はい」
「いいでしょう。話してあげるからお聞きなさい」
「お願いします」
「まず、最初は普通に魔導士を装っていたわたしが、この辺りの土地を買い占めたことは何度も聞いてるわね」
「はい、時候の挨拶のように出てきますから」
「旧市街側から帝都に入ったわたしはまずこの地を調べてみた。しばらく落ち着くための拠点を構えるか。更に西へ向かうかを判断するためにね。旧市街や郊外で邸宅を買うことを考えたけど、どうしても食事が問題なる。たとえ、一月に一人でも街で消えればそのうち噂が立ってくる。それはわかるでしょ」
「えぇ、嫌なぐらいに……」
「そこで街外れに拠点を構えることにした。魔法の研究に取り組みたいのでそのための施設を作りたいという触れ込みよ。その頃はまだ魔法についての雰囲気も緩かったし、帝国は外側に目が向いていた。拡張政策の末期だった。変わり者の魔導士が貧相な土地をまとめ買いすることについては、無関心だったに違いない。後でわたしと周辺の人たちが結びつくことは予想外だっただろうけど。
 ここを選んだのは値段より帝都へ流れてくる人の通り道だったこと。つまり、獲物の通り道ね。公園に生えているあの大木はわたしがやって来る前からあの場所にあった。何もない荒れ地にポツンとある大木が帝都に向かう目印と休憩所になっていたようね」
「目印の周りに人が集まって来たということですか?」
「違うわ。ただ、あの木はあそこにあっただけ。わたしがここの建築を始めた頃は誰も関心を持たなかった。地下の建設を終え、地上を作り始めると男たちが集団でやって来た。まとめ役は浜辺を仕切っていたリチャード、今のエリオットのような立場の男ね。何もない荒れ地に急に建物が上に向かって伸びてきたのを目にしてやってきた。何か手伝えることがあれば言ってくれと申し出てきたわ。当然、お金と引き換えにだけど、何回か話し合って塔の建設を手伝ってもらうことにした。丘を削ってそこの土を持ってきてもらう。出来上がるころには丘が消えて今のように平らになっていたわ。
 リチャードは浜辺からたくさんの人を連れて来た。流れ者や旧市街から出て来た者はいれない者、片っ端から声をかけたんでしょうね。仕事は出来高払い、丘を崩して持ってくる土が多いほど儲けになる。昼間彼らが土を集めて、夜わたしがそれを使って塔を作る。彼らは作業時間を増やすために塔のそばに宿舎を作った。人を集めて浜辺から塔まで連れてくることが手間だったから、それが今の四番街の始まり。
 塔の完成が間近になった頃、正体がばれた時はさすがに焦ったわ。まぁ、仕方ないわよね。 魔法の効果がどうにかこうにかごまかしてはいたけど、日中まるで出てこないんだからばれて当然よ。大体、自前でこんな建物を作る奴なんて数いないのよ。ふつうは現存する屋敷や城を買い取るもしくは乗っ取る、わたしもここまではそうしてきた。でもなぜかあの時はそうしなかった」
「街ができて、しばらく経ってから正体がわかったので、その頃には付近住民のことを考えると手が出せない状態になっていた聞いてますけど」
「それは帝都の言い分よ。正体なんかとっくにばれてたけど関心が無かっただけ、飯はそこにあるからこっちには来ないだろうと思っていたんでしょ。それとウィングウェイ帝のこともあってそれどころじゃなかった。すぐに他に行くだろうと高を括ってたんでしょうね。オ・ウィンがいいわ。彼に一度聞いてみなさい。全部知っているはずよ。
 とにかく、一時はどうなるかと思ったけど、リチャードはそのままついて来てくれた。お金が大きな理由だったのはわかるけど助かったわ。そして塔の完成をみんなで祝うことができた」
「その時の宿舎がそのまま残って街になったわけですか」
「簡単に言えばそうだけど、彼らなりに悩んだと思うわ。建設の仕事がなくなったんだから。あのままだったらあの人たちもいなくなっていたでしょうね。元通りの荒れ地と貧相な集落に戻って、無人の小屋が並ぶだけの風景。でも、そこに救世主が現れた。仕事が終わって困っていた彼らに目を付けた者がいた。旧市街の工場や工房の経営者よ。あの頃、帝都はまだ中にあの人たちを入れたがらなかった。だから、経営者たちが外に出てきた。そして工場を外に作って仕事に誘った。給金は安かったけどそれは旧市街での相場、リチャードより遥かに高く、多くの人たちがそちらで働くようになった。それが今の工房区ね」
「ローズ様が動いたわけじゃないんですか」
「知ってるでしょ。わたしは何もしない。まぁ冗談は無しにしても、街は勝手に成長したの」
「ローズ様が街を守ったというのはいうのは?」
「それは誰が言い出したのか。あれにも助けられたわね。今でこそ、この街の君主であるという自負はあるけど、あの頃はまだなかった。とにかく、塔の建設は邪魔はされたくなかった。リチャード達によると前から何かの襲撃があったらしいの。浜辺の住人が不意にいなくなったと思っていたら無残な遺体が見つかることが。もし、そいつらの手に掛かって、手伝ってくれてる作業員に何かあって、あの人たちに逃げられたら大事よ。だから、目障りなのはすべて排除していった。それを彼らは自分たちに都合いいように解釈してくれたみたいね。目立たないにしてもわたしも狩りをしていたのはわかっていたはずなのに」
「もしその時にわたしが来ていたら……」 とフレア。
「どこにいたかは聞かないけど、来るのが百五十年遅れてよかったと思う」
 沈黙が訪れ、お互いの目を見つめやがて笑いが起こった。
「外に出る用意をして、わたしも公園を見たくなってきたわ」

 公園に向かう道中は普段通り落ち着いていた。灯りが漏れだすのは居酒屋のみで他は闇に沈んでいる。公園も昼間と違い人気はない。ローズは園内中央にある大木へと向かった。その後をフレアがついていく。
「変わらないわね。もちろんあの当時と比べたら幾らか大きくなったけど、この雰囲気は変わらない」
 ローズは周囲の大きく張り出す枝の下に入り上を見上げた。
「昼間のことは話に聞いただけで見たことはないけど、夜は雨でもない限り誰かがいた。傍で焚火をして何人かが飲んでいた。塔を建てる合間に彼らとよく話をしたわ。あの人たちったら仕事で儲けた金をリチャードが持ってきた酒に使って、彼が出したお金は結局彼に逆戻り、うまくやってたわあの男。上手にまとめて仕切ってくれてたから文句はなかったけど」
「エリオット様のような人だったんですね」
「そうね、あそこの連中は変わらない。地縁、血縁関係なしのゴロツキ集団。変わったのは髪がなくなったことだけ、どうしてあんなふうになったのか」
「エリオット様は始めてあった時からあの頭ですね。先代のゲラー様は髪はありました」
「それなら、全員の髪がなくなったのはごく最近ということね」
「そうですね。でも、どうしてここがよかったんでしょうね」
「ここに来るとすっきりするといってた。気分をすっきりさせて寝るんだと言ってた。だから眠りの木を呼んでる人もいた」
「あっ……」
「どうしたの?」
「よくわかりませんが、この木が何か出しているじゃないですか」
「何かって何?」
「気分がすっきりする何かです。それを木が発散してる。少しなら助けになるかもしれませんが、多すぎると……」
「眠れなくなる」
「はい」
「今は花が咲いているので特に濃くなっているのかもしれません」
「花が咲いてる」ローズは頭上の朱色の花を見上げた「わたしもよくここにはよく来たけど、花が咲いているのは見たことないわ」
「そんなに珍しい事ですか」
「あなたもみたことないならね。何かあるかもしれない」
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