第9話

文字数 3,927文字

 ファンタマの嫌いな物に蛇やキノコ料理があるが、最も我慢ならないのが模造品を本物と偽っての金儲けだ。高度な技術を以て制作された模造品を否定はしない。ファンタマも小道具として利用することもあり、製作者にも十分な対価を支払っている。但しそれを本物と偽り売り飛ばすことはない。偽物、模造品であることは明記している。そこにきれいごとは含まれてはいない。単に商売上の危険を排除するためだ。つい最近もうっかり偽物を掴まされ大恥を掻いた。偽物は元の売主に突き返し、対価として命をもらっておいた。危険な仕事だったが逃げ延びることは出来た。手ごわい連中だった。二度目があれば要注意だ。

 夜の森を駆けてファンタマは捜索の際に見つけた茨の幻影までやって来た。アラサラウスの袖口を伸ばし傍に立つ木の幹に巻き付ける。それを命綱に幻影が隠した穴に飛び込んだ。緩やかに着地し周囲を窺う。微弱な月明かりが差し込む穴の下から闇の中へ移動した。向かうのは前回とは逆方向だ。こちらは足跡が薄かったため優先順位が下げられた。あの時は城塞への入り口が見つかったため、結局そちらは行かず終いとなった。素人のリッチが同行していたためあれでよかったのだ。真相に迫ることも出来た。無駄にはなっていない。これから密かに長く続いた伝説の後始末をつける。

 光球と共に奥へ向かう途中で一か所茨の幻影を発見した。袖を使い上に上がり周囲を観察してみた。森を少し歩き方角の確認をする。目標間近まで近づいている。ファンタマは安堵と当時に気を引き締めた。再び地下へ降り隧道を目標めがけて進む。

 ファンタマの読みでは隧道への出入り口は少なくとも三カ所はあると踏んでいる。一か所は城塞、もう一か所は森の中もしくはもっと遠方に隠されているに違いない。侯爵が遠方へ逃げ延びたなら脱出路はそこだろう。三カ所は目の前にある。城塞と同様の内開きの扉だ。二度目になるため扉の窪みはさほど苦労することはなく見つけ出すことができた。仕組みは城塞と同様だ。作り主が同じなら仕組みも共通となるのは至極当然だ。

 光球を消し窪みの中を指で押さえつつ扉を動かす。力任せに押せばまた扉が壁に激突しかねない。今度は慎重に押し開いていく。隙間から光が漏れてくることはない。少なくとも向こうは無人のはずだ。扉はファンタマが通れるぐらいの隙間が開いたところで止まってしまった。何かに当たり閊えてしまっているようだ。力を込めるが動く気配はない。ファンタマはやむなくその隙間を抜け中に入ることにした。袖口はいつでも伸ばせるよう待機しておく。

 素早く隙間を通り抜ける。闇の中で身構える。袖口が伸び出し触手のようにのたうち周囲を探る。ファンタマは呪われた者として特に強い力を有しているわけではない。アラサラウスの加護によるところが大きい。袖口が元に戻り、アラサラウスの安全確認が終わった。

 光球を再召喚し頭上に上げる。黄色い燐光に照らし出されたのは地下室に設置された工房だ。基本的な様式は城塞と変わらないが、そこかしこに宗教的な文様があしらわれている。地下隧道への扉には旅の守護聖人の等身大レリーフが彫られている。扉が閊えて動かなくなった理由はすぐにわかった。扉の可動範囲に重厚な作業台が置かれていたのだ。ここの主はこの扉の存在を知らないか、もしくは使う気がなかったようだ。

 工房の整理整頓、清掃は行き届き、置かれた道具は上質な物ばかりだ。これが資金を得るための副業ならばよかったのだがそうではないのが残念だ。壁の棚に並ぶ引き出しには多数の模造品が収められていた。壁に張り出されている図には公国の宝飾品の詳細が記されている。製品の仕様を統一するためだろう。

 ファンタマは引き出しの中身を作業台にぶちまけ、壁から引きはがした図を重ねた。火をつけここを出ることも考えたが今回はやめておくことにした。長きに渡る伝説に終止符を打つためにもこの工房を白日の下にさらす必要がある。

 扉を出ると廊下があり突き当りに階段があった。二人で横に並んでも十分に余裕があるほどに幅か広い。最上部は天板で遮られていたが手で押すと容易に持ち上がった。天板は中央で分かれる二枚の扉だ。開口部も大きい。これなら作業台や棚などの家具も分解すれば簡単に持ち込めただろう。開口部はそのままにファンタマは階上へと出た。元は倉庫だったか多数の空の棚が壁際に片付けられている。地下への入り口は部屋の扉から見て左奥に位置している。この扉も開けたまま放置し外へと出る。

 部屋を出て廊下を道なりに歩く。突き当りに垂らされたカーテンをくぐるとそこは礼拝堂だった。信徒席は片付けられ壁際に並べられている。改装中である侯爵家の教会だ。予想通りの場所に行きついた。これが静かな村をうろつく巨象の正体だ。改装中とすれば訪れす者も少ない。差し入れに来た者もそれを理由に追い払うことが出来る。儲けが目標を達すれば静かに去ればよい。相手が聖職者となれば警戒心が薄れる。警備隊ですら目がかすむ。立派な帝都民であるほど帝国正教会には頭が上がらずひれ伏すのみだ。

 ファンタマが礼拝堂に佇んでいると、待ち人たちが現れた。

「こんな夜遅く何の用だね?」

 声の主はニコラ・ジャンソン司祭、いや正確には司祭を騙る男だろう。その後ろに五人の従者。武器は聖職者らしく杖だ。

「夜の散歩代わりに教会の中を見学させてもらっていた。地下も見せてもらったよ。実にいい工房だ」 とファンタマ。

 偽司祭の目つきが細く険しくなり、従者たちがファンタマを取り囲む。

「どうやら君はお人よしの騎士ではなさそうだね。何者だね。警備隊とは関係はなさそうだ」

「確かに騎士ではないが、あんただって司祭じゃないだろ」

「なら、同業者といったところか。まぁ、何者だろうとかまわない。知ったところでどの道ここから生きて帰す気はない」

 偽司祭が杖の上部を引くと中から細剣が現れた。仕込み杖のようだ。取り囲む従者たちもファンタマに細い切っ先を突きつける。

「なるほど、それが内偵にやって来た隊士を殺した凶器か」

「そうだ。奴ら、お知らせしたいことがありますと伝えただけでのこのこやって来たよ。簡単なもんだ。おかげで商品の宣伝に一役買ってもらえたしな」

「なぜ、そのまま売らなかった?」

「売れても儲けが薄いからだよ。それで伝説という箔を付けた。思いのほかの効果で大儲けさせてもらったよ」

 従者たちがにじり寄る。

「もう一つ、もう一つ聞かせてくれ。地下室はどうやって見つけたんだ?」ファンタマは従者を阻むように両手を振り回した。ゆっくり後ずさる。

「ルディが教えてくれた。奴もこまめに宝探しをしていたようだ。その末にようやく地下室を見つけた。誰にも黙っていたようだがわたしには教えてくれた。それだけのことだ。これでお終いだ。行け!」

 偽司祭ジャクソンが細剣を振り、従者たちが各々ファンタマに斬りかかり突きを入れる。ファンタマは流れるように細剣をかわし偽司祭の背後に回った。

「そう、お終いだ。二度と会うことはないだろう」とファンタマ。「 この顔を見たからにはな」

 袖口が細剣となり偽司祭の背中の中央を貫いた。彼は僅かな痙攣の後、膝から崩れ俯きに力なく倒れた。二人目は左袖で胸を貫かれ背中から飛び出した袖はそのまま三人目の胸を突き通した。

「まさか、ファンタマ!」

「正解!」 

 四人目は眼前の出来事に硬直したところを五人目は逃げ出しファンタマに背を向けた折に仕留められた。


 翌日より湖畔の村クルクラレは何度にも渡る衝撃に見舞われることとなった。発端は庭番ルディの来訪である。彼は侯爵家の教会の様子がおかしいと夜中にキルヒスの元を訪れ姿を消した。詳細を聞くためにキルヒスは警備隊を招集し庭番小屋を訪ねた。ルディは番屋でぐっすり眠っており、キルヒスの元に行った覚えはないという。不可解だったがそれでも彼は念のため教会に向かった。 そこで発見したのは細身の武器で刺殺された司祭と従者の遺体である。これが第一の衝撃だ。

 次に手掛かりを得るために教会内を調べていたキルヒス率いる隊士達は教会内で地下工房を発見する。加えてオキシデンよりなだれ込んできた部隊にそこが贋作工房であることを知らされる。ニコラ・ジャンソンは司祭などではなく贋作工房の主だった。助祭と称していたクリーンは村での情報収集担当だった。逃げる機会を逸した彼は警備隊に引っ立てられていった。相次ぐ衝撃の後村は再び教会を失った。

 内偵部隊は取り組んでいた一連の模造品売買、内偵員殺害などは解決したが、新たに彼らを殺害した犯人を追う必要が出てきた。

「この先どうなるのかしら……」とネリ。

 ここ数日村では誰もがこうつぶやいている。

「せっかく村がいい方向に向かうと思っていたのに……また行き止まり」

「また、誰かに来てもらえば……」とファンタマ。 

「そんな簡単にはいかないのよ」ネリはため息をつく。

「二コラ……にしたって何年待ったことか」とマーティン。

 テーブルで頬杖を付き項垂れる。

「けど、行く場所の定まらない若い助祭がいくらもいるって聞くぜ。そんな人に聞け貰えば」

「失礼かもしれないけど、そんな方にお勤めが務まるのか……」とネリ。悩みは深い。

「それはみんなで支えたらどうだい。そして、みんなで育てる」

「そういうことか。考えてみるか」

「そうだよ、待ってるだけじゃ何も貰えない。こちらからも動かないとな」

 これは仕事で得た教訓なのだか、ファンタマはそれについては言わないことにしておいた。
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