第2話

文字数 4,024文字

 翌朝、身なりを整えたポンテオとフルトンは寮の出口へと向かった。今日の予定としてはカタニナ先生の部屋を探し出し、訪問する。先生がいなければ大家さんと交渉して中に入れてもらう。二人はポンテオの部屋で再度段取りを確認した上で寮を出た。
「君たちどこへ行くんだね」二人は寮の出口で後ろから声を掛けられた。
 ポンタス達が振り向くと黒髪の男が立っていた。肩まであり軽く波打つ柔らかそうな髪を紺のリボンを使いうなじ辺りでまとめている。細身で長身、歳は彼らより遥かに上に見える。つまり、大人である。
 彼は何者かポンタスは考えた。生徒の父兄が面会にやって来ることは珍しくない。校内で道を聞かれるのもよくある事だ。だが、この口ぶりからするとそれはない。面識はないが、予想はつく。
「初対面だったかな、わたしはマイケル・コンロー、一週間前にこの「聖リムレーン学院」にやって来たんだ。よろしく」コンロ―は口角を大きく上げた。細く鋭い目は変わらない。
 当たりだ。予想通り新任の教員だ。
「はい、よろしくお願いします」軽く頭を傾げたコンロ―に応じ二人も頭を下げる。
 今日の門番はこの新任教師かとポンタスはフルトンと顔を見合わせた。ポンタスは外出の都度、同じ届けを出しているのだが、その情報は教師間で共有されてはいないらしく出口で門番に絡まれることがたまにある。その際に届けの内容を再度説明するという二度手間がよく発生する。事情を知っている教師なら「頑張れよ」と送り出してくれるのだが新任ではそうもいかない。
「なるほど、君たちは欠勤中のカタニナ先生のお宅に訪ねに行くつもりなのか」
 フルトンはコンロ―のうまい誘導に乗り、ぼかしていた外出理由をうかつにも漏らしてしまった。知られてしまっては仕方がない、ポンタスは懸命にカタニナの元へ出向く事の重要性をコンローに説明した。
「クラブ活動で使っている防具や武具が傷んで修理を頼みたいのにカタニナ先生がまるで姿を現さない。黙って待っている暇もなく、仲間で手分けをして問題を解決しようと動きだしたわけか」
「はい」
 コンローは軽く笑みを浮かべているがその真意はうかがえない。
「自分たちで目の前の問題に対処しようとするのはいい事だと思うが、人を誤魔化して面倒を避けるのはよくないな」とコンロ―。
「すみません」ポンタスは思わず顔をしかめた。ここで外出を止められては今日の計画は頓挫しかねない。
「君たちは彼の住所は知っているのかい」とコンロー。
「……いいえ、その、くわしくは……」とフルトン。
「近くまで行って後は二人で探すつもりです」とポンタス。
「やはり、そんなところか」コンロ―はやれやれと言いたげに軽く頭を振った。「仕方ない、わたしも一緒について行こう」
「えぇ!」二人同時に声を上げた。
「君たちはカタニナ先生の所に行きたいんだろう」
「は、はい」
「それなら、わたしもついて行こう。こういう時は大人がついて行けば事もはかどる。少し待ってなさい。準備をしてくるから」コンロ―はポンタス達にそれだけ告げると踵を返し寮内へと戻っていった。
「これでよかったのかな」フルトンはコンロ―を見送りつつ呟いた。
「うん、……たぶん」
 怪我の功名、そんな言葉がポンタスの頭に浮かんできた。

 ほどなく戻って来たコンロ―と共にポンタス達はカタニナの住居へ向かった。大まかな位置は把握していたつもりのポンタス達だったが、いざ現地に出向いてみると方向間隔がまったく掴めずコンロ―の後をただついて行くだけになってしまった。
 三人は馬車を使わず街路を歩き、道中ではコンロ―がこの辺りの住宅地の成り立ちを説きつつ、現地へと向かった。工房区から繁華街の南辺りまで続く集合住宅群の成り立ちは百年以上前から始まり今も続く再開発の歴史である。そんなゆったりした道行だったためだろう到着までに一刻近くかかった。
 講義を続けつつ東へ南へ、やがてコンロ―は古びた集合住宅の前で足を止めた。
「カタニナ先生の部屋はここの三階のはずだ。上がってみよう」とコンロ―。
「先生はカタニナ先生の部屋に来たことがあるんですか?」フルトンが質問を投げかけた。
 ポンタスにも同様の疑問が浮かんでいた。道中で彼は正確に位置を把握し一度も行く手を探る様子がなかった。
「あはは、わたしの専門は帝都の歴史なんだ。それに関する調査のために何度もこの辺りを歩いているから、すっかり地理が頭に入っているんだよ。ただわたしも初見の時は少し迷ったかな」
「あぁあぁ……」フルトンが納得の叫びを上げた。 
 これだと二人だけで出たなら道に迷って到着することもできなかったかもしれないとポンタスは感じた。二人で迷った末に馬車で寮に帰り、ジョンかゼレンに泣きついて代金を代わりに払って貰うのがオチだっただろう。
「さぁ、行こうか」
 ポンタス達はコンロ―に促され薄暗い階段口へと入っていった。コンロ―が後からついてくる。古びて薄汚れた外観から及び腰で足を踏み入れたポンタスだったが、内部は予想に反してきれいに整えられていた。階段はごみ一つ無いように掃き清められ、妙な匂いもなく金網が張られた階段室の窓からは陽光と気持ちの良い風が入り込んでくる。
「この辺りの部屋は官庁街や商店、西にある邸宅に通う使用人向きの住居になっている。掃除などの雑用を担う管理人もいて一人で暮らすには悪くないと思うよ」
 背後からコンローの解説が聞こえて来た。
「うちの寮みたいなところですか」フルトンが立ち止まる。
「寮は下宿屋に近いだろうね。こちらは部屋を借りるだけで他は自分で用意しないといけない」
「そういうことか……」
 言葉を交わしつつ三階へ、カタニナの部屋は階段室を出てすぐ右の部屋だった。「三〇二」と表示された銘板が付いた扉をポンタスとフルトンが軽く叩き、控えめの声でカタニナに呼びかけた。二回それを繰り返したが、部屋の中からの反応はなかった。
「やっぱり学校で聞いた通り部屋にはいないのかな」フルトンが肩をすくめ呟く。何気なく扉の取っ手に手をやり、軽く回す。
 何の抵抗もなく取っ手は回った。
「あっ!」声を上げた後慌てて口を押さえる。
 もう一度手をやり、取っ手を回し軽く扉を押した。扉は難なく開いた。
「鍵掛ってないよ」フルトンは声を潜めて、傍で様子を見ているポンタスとコンロ―に伝える。
「カタニナ先生……」開けた隙間に上半身を差し込み控えめに呼びかける。
 やはり反応はなくフルトンは残念そうに首を振った。
「まさか、先生が中で倒れてるってことはないよね」とポンタス。
 自分の屋敷での出来事が脳裏をよぎり気分が悪くなる。
「念のため確かめてみようか。どの道このまま放っては帰れない」コンロ―はポンタス達に頷きかけた。
「はい……」二人は顔を引きつらせながら応じた。
 扉を大きく開けて三人で室内へと入っていく。
「カタニナ先生、いらっしゃいますか。入りますよ」コンローが室内に入り呼びかける。
 先頭はコンローが歩き、ポンタスとフルトンが続く。玄関広間や廊下はなく、すぐに居間となっていた。向かって左端にかまどに小さな小さな料理台、収納庫などが並んでいる。右側は寝室となっていて窓際に寝台が置かれていた。
 小さな部屋なためカタニナの不在はすぐにわかった。彼が尋常ではない事態に巻き込まれている可能性も察せられる。部屋中がひどく荒らされているのだ。収納庫や衣裳棚が開けられ中身が床に散乱し放置されている。寝台から敷布などの寝具が剥がされて寝台も大きく動かされている。
「空き巣かな」とポンタス。
「誰かが何かを探しに来たのかもしれない。それにカタニナ先生は意図してここを去ったわけでもなさそうだ」コンローが呟いた。
「どういう意味ですか?」
 コンロ―は答えず、鋭くなった眼差しで部屋を睨みつけていた。

 寮に戻り夕食が終わって、ポンタスと他三人は談話室のテーブルに座り今日の成果を話し合った。満面の笑みのゼレンと疲れ果てた様子のポンタスとフルトンはひどく対照的だった。だが、それは最初だけだ。
「じゃぁ、カタニナ先生は家出なんかじゃなく誰かにさらわれた可能性があると」ゼレンが眉を寄せる。
「コンロ―先生によるとそうらしいよ。駆けつけてきた警備隊の人もそう言ってた」ポンタスが天井を見つめ答えた。
「もう、大変だったよ。駆けつけてきた人たちにあそこに行った理由から先生との関係と先生が消えた理由に何か心当たりがないか聞かれた。何か見なかったかとかいろいろ。しつこいったらありゃしない」フルトンが不満をぶちまける。
「それは仕方ないよ。それがあの人たちの仕事なんだから、俺達が学生だろうとなんだろうと関係ない」とジョン。
「わかってるよ」ため息をつく。「それより修理の目途がついたっては本当かい」
「本当だよ。父さんに相談したら、知ってる工房に連れて行ってくれて、そこの親方が格安で請け負ってくれるってさ」ゼレンが口角を上げ胸を叩いた。これには全員が歓声を上げる。
「若い職人の練習台になるそうだけど、仕上がりはしっかりと確かめるから品質は心配ないそうだ」
「それは僕たちとしては大歓迎だけど、学校は認めてくれるのかな」とポンタス。そうでなければ、たとえ少額でも身に堪えることになる。
「その辺も抜かりないよ。父さんが一筆書いてくれた。「近衛騎士団第二部隊長」の肩書きが効いたのか事務員さんもすぐに了解してくれたよ」
 再び歓声が上がる。
「但し、「わたしが手を貸す以上きちんとした成績を残すよう」にとの伝言をもらったよ」
「あぁ…」とフルトン。「それが一番の問題なんだよね」
「もっと、みんなが興味を持って入ってくれればいいんだけど、誰も勉強ばっかりだから……」ポンタスはため息をついた。
「みんな、それについては特待生のお前から言われたくないと思うぞ」とゼレン。
「いや、それはさ……」
 ポンタスはばつが悪そうに天井を見上げた。
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