誰が駒鳥を殺したのか 第1話

文字数 4,929文字

 今宵の芝居は「夢の中で」アクシール・ローズのお気に入りの劇作家であるビビアン・クアンベルの最初期の喜劇である。旅人と彼が訪れた小さな町に巣くう謎の生き物との出会いを描く幻想的な物語でもある。生き物の解釈は様々だが、その飄々とした振る舞いは共通している。
 旅人と生き物の軽妙なやり取りを堪能したローズだったが、桟敷席へ招いたニコライ・ベルビューレンは今一つ芝居に入り込めていないようだった。それはローズのような力を持っていなくとも顕著に感じ取れるほど外に現れている。
「ニコライ様、本日はここにお招きしたのは御迷惑でしたか?」
 カーテンコールの拍手が収まったからローズは隣に座っているニコライに声をかけた。
「いいえ、決してそのようなことはありません」とは言いながらニコライにいつもの勢いはない。
 今夜ニコライを桟敷席に呼んだのはフレアが階下で彼が一人座っているのを発見したためである。ローズはフレアに彼を呼びに行かせた。ニコライはその誘いを快く受け入れこの席までやって来た。
「差し出がましいかもしれませんが、何かお悩みがありませんか?」
「ローズさんには隠し事はできませんね」ニコライは力のない笑いを漏らした「悩みというより亡くなった友人のことで気鬱が戻ってきてしまって気晴らしに来てみたんですが、喜劇も今は役に立たないようです」
「お若いのにお亡くなりになった方がいるのですね」
「ええ、砂漠に出兵した折、共に戦い亡くなった友人がいます。あいつが亡くなってしばらく経つのですが、今になってその死に纏わり不穏な空気が漂い始めているのです」
「どういうことですか?」
 フレアの言葉を聞きニコライは少し話過ぎたと感じたが、その先へと続けることにした。これは誰に促されたわけでもない。
「この腕にも関わる話になりますが」ニコライは左手で右の義手を押さえた。「場所を変えませんか。長い話になります」

 夜更け前の来客にもかかわらず執事のイェスパーは表情を曇らせることなくローズたち迎え入れた。ニコライは二人を広間へ通すと早々にイェスパーを下がらせた。そして少しの間その場を辞し、琥珀色の液体の入ったグラスを手に戻っていた。
「いざ話すとなるといろいろとあの時が思いが戻って来る……これの力を借ります」グラスの中身を少し口に含むとそれをテーブルに置き二人の向かい側のソファーに腰を下ろした。
「くれぐれも無理はされないように」
「ご心配なく。込み入った話なのです。気持ちよくもない。このような話、話す相手がなくぜひ聞いていただきたい。御迷惑でなければ」
「わたしたちのような存在でよければ何なりと」
「ありがとうございます」
 ニコライは軽く息をつき間を置いた。
「お二人も砂漠地帯での防衛活動のことは今更言うこともなく御存じでしょう。討伐隊、警備隊と呼ばれている活動です」
「はい」
「あれは一般市民に関しては志願制なのですが、貴族は基本義務化されています。それでもいろいろ抜け道はあって結局のところ,出兵は家長の判断次第です。俺はいろいろとやり過ぎて反省もかねて送られました。ヘイゼルミア侯爵夫人マーガレットおばさんのお話は憶えておられるでしょう。子供のころから変わっていないのです。俺の任地は帝国の西端、南ノルポル今もって残る根強い反抗の地です」
「精鋭部隊ですね」
「そう呼ばれていましたね。自らを鼓舞するためです。言葉に酔って、何かに酔ってないとやってられない。そんな異界のような場所でもいい奴はたくさんいた。特に仲が良くなったのはカシロ、マルデリン、ヒルス、タマリの四人、タマリ以外は俺と同じ次男や三男の放蕩息子であいつだけが爵位を持っていた」
「どうしてそんな方が出兵されたのですか?」
「それは志願したからだよ」ベルビューレンはフレアに目をやった。「男爵位を持ち俺と変わらぬ歳で当主だった。本来なら来る義務はなかったが家族を食べさせるために来たといっていた。俸給目当てだと。この辺りに家を持つ者はいいが、市中では働きに出なければいけない家はいくらでもある。爵位に金がついてくるわけじゃない」
「すみません」
「謝ることはないよ。どこにでも階層はあるもんなんだ。それでも、きついながらも俺たちはやっていた。ちょうど一年ぐらい経った頃、散発的に攻撃を繰り返してきていた敵の拠点が判明した。奴らは放棄された集落を根城にしていると。そこで急襲作戦が立案され、いくらも経たないうちに実行の運びとなった。事前の偵察は済ませていたが、直前の斥候にカシロとタマリが志願した。雰囲気はまるで違う二人だったが気が合っていた。何より腕も立つ。部隊長も了承しあいつらが先頭を行くことなった。
 俺たちが集落にあと僅かの位置まで近づいた時、二人から潜伏している敵発見の急報があった。動きが読まれているのかもしれない。大量の反抗組織の構成員が潜んでいるとの報告だった。作戦は集落深部の拠点への強襲作戦から集落各戸の掃討作戦へ急遽変更された。潜んでいる敵を虱潰しに殲滅しつつ、最深部に到達するも奴らが長期に渡って利用していた痕跡は発見できなかった」
「まさか、誤情報だったということですか?」とローズ。
「はい、控えめな表現で助かります。少し後になっての話しですが、敵側の諜報員が何人かこちらの部隊に混じっていたのがわかりました。中には幹部級の者も混じっており、全員繋がりはなく個人で動いていたようです。そいつらのもたらした情報を元に急襲作戦が立案され、作戦が実行された。奴らの計画では俺たちを集落内深くまでおびき寄せ一気に叩く予定だったとか。それはカシロ、タマリの急報により阻まれ、部隊が壊滅的な被害を受けることはなかった。 ただ一人命を失ったタマリは英雄として祀り上げられることになりました。
 タマリのことを知ったのは戦闘で腕を失い病院の大広間の寝台でぼんやり寝転んでいた時です。見舞いに来てくれた友人たちの中でタマリが欠けていた。タマリのことが心配になって聞いた俺にカシロが話してくれた。聞く前からあいつの表情で予想はついた。軽くお調子者のあいつが真剣な目つきでどこか疲れている雰囲気だった。もうそれで充分伝わってきた。二人は通報後、敵に囲まれ応戦、その中でタマリは致命傷を負った。付近の敵を倒しカシロが応急処置をし励ますも亡くなってしまった。
 それからは知っての通りです。俺は帝都に戻され、ラルフに会い腕や人形細工を得るまでふさぎ込んでいましたが、あいつらとの交流は続けていました。そしてつい最近任期が終わりこちらに戻って来るという連絡を受けました」
「他の方々が無事帰還されるのなら喜ばしい事ですが、気鬱は当時の思いが蘇ってのことですか?」
「それなら俺がまた克服すればよいだけなのですが、便りによればカシロが面倒な事態に陥っているようなのです」
「カシロというと亡くなったタマリという方と共に斥候に出た方ですね」
「はい、タマリを看取る結果になってしまったカシロに奇妙な便りが届いているようなのです。「誰が駒鳥を殺したのか」と一文だけが記された便りが何度も届いているそうです。駒鳥とはタマリのことを指していると思われます。アラビガ男爵であるあいつのスリラン家の紋章は盾を中心に向かい合う駒鳥です。ビビアン・クアンベルのお芝居と関係があるとは思えません」
「それはどなたから聞いたお話なのですか?」
「マルデリンからです。任地への便りはあいつを介して行っています。あいつはカシロと寝室が相部屋で、ある日書き物机の上に放置された封筒が目に入ったそうです。帝都の女からの便りでも届いたかといたずら半分に封が切られた中を見ると駒鳥に纏わる文言です。心配になりカシロに尋ねるとそれで三通目でだったそうです」
「カシロ様はずっと黙っておられた?」
「そのようです。上官に相談するべきだというマルデリンにも、だた黙っておいてくれ言うだけで、どうしたものかと便りに書いてありました」
「タマリ様の死に何か不自然な点はありましたか?」
「状況を知り証言をしたのはカシロのみですが、俺の聞いた限りでは不審な点はなかったし、それに疑問を持つ者もいませんでした」
「その後のスリラン家の扱いはどのようになりましたか?」
「それは俺も気になっていました。ですから、腕が怪我が少し落ち着いてからご挨拶に行ってきました。驚きました。住まいは旧市街ですが、集合住宅の三階です。広さはここの一階とさほどかわりなく部屋で母上殿と弟、妹の三人暮らし。聞くと父上の前男爵が前の年に病気で亡くなられ、タマリが急遽爵位を継いだとか、それで武勲を積み生活を楽にするようにとやって来たようです。俺の訪問をえらく喜んでいただけたのですが、少し気恥ずかしかったのを覚えています。助けられたのはむしろ俺の方ですから。爵位については問題なく弟のブラウン君が継ぎ三人が暮らすには十分な恩給が支払われることになったようです。タマリがいなくなった悲しみは消えませんがご家族の生活がとりあえず安泰なことには満足して帰ってきました」
「ご家族を無くされてそれ以上の不幸はないと思いますが、不当な扱いは受けてはいないということですね。何が起こっているのでしょうか。今になって何かがカシロ様に向かっている。それをご本人は隠そうとしている。失礼とは思いますが、お二人の仲はどのような状態でしたか?」
「気持ち悪いぐらいに気があってましたね。言っちゃなんですが裕福な侯爵家と貧乏男爵となれば同じ貴族といっても接点は乏しくなります。それを剣術の腕が引き寄せた。以前からお互い名前を耳にしていたようで、それが同じ部隊にいた。早速手合わせしてたちまち意気投合です。ですから、余計にわからないんです。何が起こっているのか」
「そんな中でカシロ様がこちらにお戻りになる。何かが動き出すとすればこれからですね」
「俺もそう考えています」
「カシロ様のお住まいはどこに?」
「ここより西に私邸があるそうで、帰還祝いの食事会に招かれています。その際に便りの件について尋ねるつもりです。何も起こらなければよいと願っていますが、この胸騒ぎは芝居でも止まりません」
「親しいお友達が絡んでいるのではないかとお思いですか?」
「はい、残念ながら。芝居の中で馬鹿をやるジョージと同じく思い過ごしなら幸いなのですが」

 特に頼まれたわけでもないが、ベルビューレンの告白を聞くに及んで、ローズたちもスリラン家について調査を始めた。彼からの情報があったためその住まいはすぐに特定をすることができた。彼は残された家族にまったく疑いを持っていないようだったが、ローズは予断を排して臨むことにした。
 結論から言うとスリラン家に不審な点はない。
「スリラン家の方々のお住まいですが、ニコライ様のお言葉では簡素な集合住宅との印象でしたが、それはあくまでニコライ様の認識であると思われます。所在地は市街中央で建物には管理人が常駐、表には警備員も配置されているような物件です。タマリ様がお亡くなりになり母上様は一時は転居も考えられたようですが、経済的な面を含め様々な問題が速やかに解決され、それは避けられたようです。念のためお母様のお買い物の後についていきましたが、その様子からニコライ様の判断に間違いはないと思われます」
「わたしが聞いた話でも、事態はニコライ様の最初の訪問までには落ち着いていたのようね。部隊を救い亡くなった英雄殿としても対応は異例の速さ」
「外から何らかの力が加わったということですか」
「間違いなくね。誰かが後ろに隠れてあの方たちを守っている。神様ではなくこの世に現実にいる誰かが」
「今回の件もその方が関わっているとお思いですか?」
「ええ、それがカシロ様や他のお友達とどうかかわっているのかまでは判断できないけど」
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