第3話

文字数 4,017文字

 身分証の提示により所轄署への連行は免れたアトソンではあったが、特化隊所属とあっても公園での挙動不審の行動は疑いの目で見られても無理はない。事は隊長であるオ・ウィンにも知れることとなり、ここに至る経緯を話すこととなった。
 ここは公園の近くにある小綺麗なカフェでアトソンの前には淹れたて飲み頃の茶が置いてある。しかし、居心地としては保温の末、煮え経った茶と焼き饅頭を出す年配の女のカフェの方が遥かに落ち着けた。目の前に座る警備隊士の眼差しはひどく厳しくとても茶が入ったカップに手を出す雰囲気ではない。
「なるほど、四人のマグディプですか。そういう件は先方の意向があったとしても我々に話して欲しかったですね」
 三人を代表しアトソンに声をかけてきた警備隊士はメラルズ・フォガトと名乗った。彼がアトソンの相手をし、他の二人は元の職務へと戻った。
「奴らが関わっている以上、お知り合いのマグディプさんたちはさっさと手を引いた方が得策でしょう。恐らくアレックス・マグディプなる人物も恐らく存在しない。奴らが付けた名前がお二人の来歴に響き、深読みしただけに過ぎない。おかげでこちらとしてはジョンさんが絡んでいた理由を知ることができましたが」
「あの二人のことも調べてたのか」
「奴らが関わる先はすべて捜査の対象です。だからあなたにも事情を聴く必要ができた」
「奴らは何者なんです?」
「四人組の強盗です。美術、宝飾品を専門に狙っていました。我々が捕らえエリ・センザプライドル送りにしました。五年ほど前の話です」
「そいつらが戻ってきたんですか。それでまた何かやらかした」
「いいえ、しかし奴らに盗まれた物はまだ大半が行方不明です。売りさばかれた形跡もない。我々は今もどこかに隠されていると考えていますが、残念ながらいまだに発見に至っていません。奴らの帰都に伴い我々も監視を再開しました。当然、隠した盗品の回収を図るだろうと睨んでのことです」
「それがどうしてあの二人に関わってくるんですか。ネイサンは使用人派遣業者で、ジョンもただの八百屋です。事件の存在も知らないはず」
「我々も彼らが何か知っているとは思っていません。奴らもそうでしょう。関心があるのはネイサン本人ではなく彼が住んでいる屋敷にあると思います」
「盗品の隠し場所ですか?」
「それはわかりませんが、手掛かりはあるのかもしれません」フォガスは一時、間を置いた。それを期に彼からアトソンに関しての不審が消えた。三日限定の助っ人としても価値ありとみたようだ。「あの屋敷は強盗一味の住居だったんです。名はアレックス・テスタという男。盗みには参加せず盗品売買の担当していた。我々は三人を捕らえたが、盗品多くは行方知れず奴らもテスタについては一言もしゃべらず、そのため限られた件でしか裁かれずエリ・センザプライドル送りになりました。
 テスタの関与がわかったのはその後の事、盗品の売買に絡んだもめ事に巻き込まれ殺されました。そこでテスタの屋敷も捜索することになり、盗品の一部を発見しやっと関与が判明しました。テスタは在庫を捌いている最中に殺されたようで、残りは今だ行方不明です」
「連中は何でテスタの事を黙っていたんでしょうか?」
「罪の加算を嫌がったか、戻って来た時の分け前も考えていたのかもしれません。お金に変われば脚はつきません」
「なるほど、そういえばもう一人はどこにいるんですか。探偵社には二人しかいなかった」
「一人はコピオネというのですが、刑務所内でのけんかで重傷を負いそれがもとで死亡しました。生きて戻ってきたのがさっきあなたが見張っていたマルロンとその相棒ドォーロです。探偵社を立ち上げることについては一向にかまわないのですが、あの屋敷に近づくようなら監視せざるをえません」
「その話はもう彼らに伝えてあるんですか?」
「まだです。マグディプさんたちは奴らとの関係がはっきりしなかったものですから、動きがどうにも怪しく先日は馬車でまかれてしまった。あなたから事情を聴きとりあえずは納得です。二百年前からの亡霊がその正体だったとは驚きです」
 アトソンは思わず苦笑した。それは言い得て妙だった。確かにそれが彼らマグディプを今も山奥に縛り付けているのだ。
「そこでですがアトソン隊士、あなたから彼を紹介願えませんか。我々が行ってもまたお芝居の一環と取られかねない」
「了解です。すぐ連絡を取りましょう」 


 ネイサン・マグディプが経営する使用人紹介所は素人目にも順調なことがわかるほどごった返していた。雇用者側と紹介書を手にした求職者もそれぞれ列に並び順番を待っている。入口を抜け、真っすぐ奥へと向かおうとしたフォガスとアトソンは、案内係に速やかに呼び止められ、穏やかな口調で列に並び待つように促された。手で示されたのは求職者向けの窓口の列である。二人の服装を目にすればアトソンも彼女と同じ判断をするだろう。二人は身分証を提示し所長であるマグディプ氏への面会を求めた。既に警備隊経由で彼への連絡は済ませてある。僅かな間を置き二人は彼の応接室へと案内された。
 応接室で待つ二人の元にほどなくネイサン・マグディプが姿を現した。フォガスの話すこれまでのあらましを聞き、ネイサンの表情は安堵と落胆が相半ばする様子だった。一通りの話を聞き終え俯きしばし黙り込んだ後顔を上げた。
「ありがとうございます。そのようなことになっていたとは、さっさと通報したほうがよかったということですね。申し訳ない」
「お気になさらず」
「危害らしいものは加えられず助かりましたが、その一味はどうしてそんな手間のかかる芝居を打ったんですか」
「それが奴らの手口なんです。獲物の内情を調べ巧みに近づき、彼らを外に誘い出し無人になった屋敷から狙った品を盗み出す。屋敷も荒らさないために被害者も気づくのが遅れ、その隙に奴らは逃げおおせる」フォガスため息をつく。「先方が体面を気にして通報が遅れたときは困り果てました。そのくせ早く解決しろです」
「それはお気の毒に、わたしやジョンまで巻き込んだのはその一環ですな。わたしもあんな大仰ではなくもっとあっさりとした筋書きなら騙されていたでしょう」
「筋に無理があるのは脚本担当のコピオネと補助のテスタを失ったからでしょう。資金も時間もない。そのため仕事が粗くなった」
「一味はまだ盗品がうちに隠されていると思っているのですか」
「我々としてはテスタがいなくなった後に十分に捜索したつもりですが、発見されたのは僅かでした。そのため倉庫は別にあると考えていたんですが、奴らがあなたに接触してきた以上、何かあるのかもしれません」 
「それなら、それを探すのを一度俺に任せてもらえませんか」
「君にそれができるというのかね」とネイサン。
「いい相棒がいます」アトソンは頭に巻いているターバンを指差した。「そのおかげで特化にも誘われました」
「よくわからんが、自信はあるんでしょうね」
「ん、まぁ、とりあえずは」


 ネイサン・マグディプ氏の住居は旧市街側の工房区のすぐそばにある一戸建てである。運河周辺に工房が建設され始めたとほぼ同時にこれらの雇用者側の住居も建てられた。飾り気のない無骨な作りではあるが、職場からさほど離れていない二階建ての住居にネイサンは満足をしている。
 アトソン達を出迎えた彼の使用人は再三驚くこととなった。まず、頼んでもいない煙突掃除人の集団に驚き、主人であるネイサンの早い帰宅に驚き、掃除人たちの正体に驚いた。
 フォガスは応接間に集められた家人と使用人達に自己紹介し、今までの事のあらましを改めて説明した。アレックス・マグディプなる人物は存在せず、それにまつわる儲け話も存在しない。ネイサンの妻ハンナは落胆の後不安に襲われ、彼に最初に記事の事を告げた使用人のベンは謝罪と共にうなだれた。
「ベン、お前が気にすることはない」
「ありがとうございます。旦那様」
「うん、あの記事を放置していてもマルロンは探偵を装い、あの記事を持ってやって来たさ。記事の事を知らなかったジョンの元にもやって来たのがその証拠だ」
「その通りです。記事はあなた方を奴らの芝居に引き込むための小道具に過ぎません」
「すみません。隊士さんわたしたちはどうすればいいんでしょうか」ハンナが不安そうにフォガスを見つめた。
「申し訳ありませんが、皆さんにはもう少しこの状態を続けていただきたい。つまりマルロンの話に乗っているふりを今しばらく続けてほしいのです。今までの展開上恐らく奴らは皆さんをここから連れ出そうとするでしょう。そして、誰もいないうちにこの邸内から目当ての品を持ち去るつもりです。そこを狙い捕えたいのです」
「それはどれぐらいかかりますか?」
「奴らはもう他のマグディプさんを集める気はなさそうです」フォガスがアトソンに目をやり彼は頷いた。「長くは掛からないと思います。あなた方を誘い出すためにまたここに訪れると思います。念のため見張りは置いていきますが、何かあればすぐに連絡をしてください」
 フォガスはハンナの前に自分の連絡先が書かれた名刺を置いた。
「これだけの方で守ってくださるんですか」ハンナはフォガスの背後に立つ部下たちを手で示した。
「残ってくれるのは一人だけだよ。だが、腕は申し分ないそうだ」 とネイサン。
 長身の部下が軽く頭を下げた。
「それならどうしてこんなにいらしたんですか?」
「改めてこの家を調べたいそうなんだ」
「はい、お許しが頂ければお立会いの上、今一度の捜索で奴らの欲する物を見つけ出したいと思っています」
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