第3話

文字数 3,756文字

 二人が呼び出された帝都中央図書館の正面玄関口は異様な雰囲気に支配されていた。病院派遣の馬車と警備隊の馬車が玄関口に複数停車している。傍の階段にうずくまり布で額を抑えている警備員がいる。その後ろには女が担架の上で横たわり、緊急の救護所の様相を呈している。他にも放心状態の男や恐怖体験から抜けられず泣きじゃくってる女もいる。
 ユーステッド達も他の馬車の邪魔にならないように自分たちの動馬車を止めた。そして新聞社からしつこく彼らをつけまわしてきた二人組に目をやった。
「あんたたち、仕事なのはわかるが被害者への取材は控えめにするんだぞ」
 二人組は首をすくめ頭を軽く下げた。レコーズが差し向けに違いない。ユーステッドたちが急遽退席するほどの案件にネタの匂いを嗅ぎつけたのだろう。
「それと何か聞いたらこちらにも教えてくれ」
 それだけ言うとユーステッドは建物内に向かい飛び出していった。アトソンもそれに続く。途中で二回身分証を提示し現場である閲覧室に到着した。閲覧用の机が倒れ、通路に本が散らばっている。角やページが血で汚れているもの、表紙がひしゃげているものに紙面が裂けばらばらになっているもの。
 忙しく動く分析官のそばにビンチ・フィックスのコンビが立っていた。あちらの方が先に到着したらしい。
「ご苦労さん、見ての通りだよ」頭蓋内にビンチの声が響く。
 ビンチは到着したユーステッドたちに向かい右手を上げ軽く振った。
「本が暴れたと聞いたが、何があった」とユーステッド。
「本当に言葉の通りだよ。今から一刻ほど前のことだ。突然本棚からなだれ落ちた本が人型の体を組み上げ傍にいた司書に襲い掛かった。現れたのは二体、本の魔物はそれぞれ別の男女の司書を執拗に追い回し、暴行を加えた後やがて力を失い崩壊した。それがここだ。被害者は男女の司書と彼らを助けようと割って入った警備員と来館者。彼らは角や背、表紙などで殴られ負傷、最も重傷なのは司書両名と警備員、魔物となった本にも貴重なものが含まれており、そちらの損傷にも図書館は頭を抱えているそうだ」
「そこの本の角で殴られたのか、痛かっただろうな」アトソンが顔をしかめる。
 若干の雑音の後隊長のオ・ウィンの声が流れる。「そっちはどうだ?」
「全員到着して経過説明を済ませたところです」
「そうか。そこは魔導士隊に任せて戻ってくれ」
「了解」
 
 オ・ウィンの執務室の机には封筒が置かれていた。粗末な封筒で表も裏も無記名だ。
「まぁ、読んでみてくれ」
 ビンチが前に出て中の手紙に目を通す。
「犯行声明ですか。名義は憂国騎士団?」
「そのようだ。詳細を伏せている環境管理場の件、そしてまだ起こったばかりの図書館の件、それらについて書かれている。面白半分の悪戯とは思えん。新聞社の使いがここまで届けに来た」
「それなら俺たちがいた時に渡してくれればいいものを」
「そのまま黙って紙面に載せればいいネタになったのを届けに来たんだ勘弁してやれ。気になるの最後の文言だ。それは犯行予告だろう。そいつらはまだ何かやらかす気だ。さらに遷都祭に乗じて派手な騒ぎを仕掛けるつもりだ」
「憂国騎士団、何者です、こいつらは」
「それを暴き出すのが我々の役目だ。犯行声明はともかく予告については報道を控えるように言っておいた。しかし、次があればもう抑えは効かん。その前にこの連中を捕らるんだ」
 この後、図書館の暴れた本の中から召喚式が発見された。そこには襲われた司書二名の名が書かれていた。召喚式が挟まれていた本に最近の貸し出し履歴はなく、何者かが図書館で忍び込ませたと思われる。被害者二名も勤務先が同じこと以外の共通点はない。先の環境管理場建設反対運動とも全くかかわりはなかった。
 物証としては召喚式が書かれた羊皮紙や使用されたインクがあった。それらの製造元は判明し、購入者の身元も特定されてきたが憂国騎士団とのつながりはまだ見つかってはいない。
 そんな停滞した状況に動きが見えたのは遷都祭当日の明け方のことである。匿名の通報者からもたらされた情報により一人の魔導士が浮かび上がった。精霊を召喚の腕を買われ、高利の金貸しに雇われ用心棒と借金の取り立ての手伝いをやっていた。最近金貸しとは別れたため今は無職となっている。
 魔導士の住処はガ・マレ運河の旧市街側、潮の匂いが漂い始めるほどの海のそばにある。朝日を受けての住居への突入に特化隊の面々が備える。運河側からビンチ、フィックスの二人が市街側玄関からはユーステッド、アストンが突入する。タイミングを合わせ両側から扉の鍵を破壊し室内へと侵入する。曰くつきの魔導士の住居とあって室内は仕掛け罠で満載だった。まず玄関の足拭きマットがアトソンの足に絡み、靴ベラが襲いかかかる。運河側のビンチたちも箒やバケツなどの掃除道具の強襲を受けた。
 椅子を薪に変え、調理器具を鉄屑に、飛ぶかう皿を叩き落とした。家具の抵抗が治まりようやくロフト構造となっている二階への足を進めることができた。罠が仕掛けられていた踏板はユースデッドが斧で叩き割った。
 ベッドなどの寝具しかない二階に人影はなかった。
「隠れているつもりかもしれないが、丸見えだぞ」アトソンは天井の右隅辺りを見据えて言った。「このままだと黒焦げになるか、レイピアで串刺しの後に感電死、それか斧で頭を割られるかどれかになるぞ」
 アトソンはベッドの上の枕を空いた手で拾うとそのまま右隅に投げつけた。枕は壁に張り付き落ちることはなかった。枕のそばに手が現れほどなく天井に張り付く魔導士のの男が姿を現した。
「とっとと逃げ出すかと思って眺めていたら、ここまで来たか。安いごろつきじゃないようだな。朝っぱらから何の用だ」男が順番に四人に向かい視線を移す。
「魔導騎士団特化隊だ。大人しくついてきてもらおうか」
「特化隊?俺も随分出世したもんだ」
 男は天井から静かに舞い降りた。

 男はチャーリー・カーン魔導士、つい最近まで高利貸しに雇われ仲間として働いていた。今は魔導騎士団の取調室にいる。
「確かに俺がやってたのは借金の取り立ての手伝いだ。借金の返済を渋る奴に精霊を飛ばして決められた取引を促すんだ。ちゃんとした商取引だよ。借主も承知してる」
「それは俺たちの管轄じゃない。他で話してくれ」
 カーンはこのランプのみで薄暗く机と椅子のみが置かれた部屋でも饒舌だ。相手をしているのはカーク・パメット、ロバート・トゥルージルの二人。それを書き取るのが自動人形のブライド。
「用があるのはこれだ。これはお前の仕事だろ」
 パメットがカーンの目の前に羊皮紙を二枚置く。二件の襲撃事件の現場から回収され召喚式が書かれている。
「仕事場も調べさせてもらった。インク、紙、筆跡すべて一致している。何か言いたいことはあるか」
「俺は何か素性がばれるようなことをしたか?」
 二人は答えなかった。
「売られたわけか。いやな世の中だ」カーンは首をうなだれた「やっぱりさっさと引き払うんだった」
「誰から頼まれた」とパメット。
「知らんよ。金さえ入れば名前は必要ない。俺は俺の力で騒ぎを起こすよう頼まれただけだ。場所と時間、それと相手の指示を受けてな」
「それはないだろう。あの式を完成させるには精霊の数だけ依頼者がいる。名前を持つ人物だ。召喚主は依頼者と目標の間を取り持つ。精霊は依頼者の要請を受ける形で目標を攻撃に向かう。何が精霊にそうさせるのか、本当のところわからんが今は関係ないので構わないでおこう。精霊は手近な素材を使い体を作り、目標に勝負を挑む。もし精霊が返り討ちあった場合、精霊は再出現しその怒りをぶちまけるわけだがそれは依頼者に向かう。自分の弱さを棚に上げて依頼者にうっぷんを晴らすわけだ。まぁ、負けることはないのでそれがばれることは少ない。もし、依頼者が襲われても敵対者の仕業と吹き込めば問題もない。楽な役回りだ」
「どうしてそれを……」カーンはトゥルージルの言葉に目を見張った。
「特化隊の全員が馬鹿でかい獲物を振り回す鬼なわけじゃない。俺のような魔法に精通した癒し手も存在する」
「よく言うな、今まで何人の骨を叩き折ってきた」
「そのあとでちゃんと癒したさ。だからばれてない」トゥルージルは目の前の魔導士の瞳を見つめた。「今答えてくれれば、神の慈悲も降りるかもしれないぞ」
「わかったよ。俺の工房の地下を調べてくれ。隠し扉がある。あんたたちなら見つけられる。中に覚書が入ってるよ」
「依頼人のことはわかるか」パメットが静かに質問する。
「本当に知らないんだ。式のため名前は聞きだしたがそれだけだ。下手に知らない方がお互い安心だ」
「それじゃ、召喚はまだあるはずだ、どこに呼び出す?」
「あと一件受けて、式を一枚作って渡した。今日使われるはずだ。成功すれば後金が入る予定だった」
「今日だと……、場所はどこだ」
「わからんよ、時間で式が発動するんだ。奴らの考え次第だよ」
「じゃぁ、目標は誰だ。それは憶えていないか」
「それは……、八人いたな。渡された名簿の名はやたら長い名前ばかりだった。フォンとかオ、ヴァンとか妙な名前ばかりだった」
 両名ともその言葉に息をのんだ。
「それは本当か?」
「間違いない。今更嘘はつかんよ」
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