第7話
文字数 3,315文字
ファンタマはマクラタの姿を朝食用食堂の外の庭に設けられたテラス席で見つけた。輝く湖面を望む庭園では気持ちの良い風が吹いている。短く刈られた下草の上に夏の砂浜で見かける円形のテーブルと、布張りの折りたたみ椅子が並べられ、大きな日よけ傘が添えられている。マクラタは一人で旅亭を背にして湖を眺めている。ファンタマには都合がよい。ハンナの姿を目にしてマクラタが彼女を避けるために席を立たれては面倒だ。
「こんにちは、ユミさん」
ファンタマは彼女の背後から忍び寄り、いきなり肩を叩き声を掛けた。
「きゃっ!」マクラタは驚き、肩を震わせた。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
ファンタマは微笑みながら彼女に許可を求めることもなく対面の椅子に腰を掛けた。
「天気はいいけど湖しかない、水遊びにはまだ早い。少しつまらないですね」 とファンタマ。
「それなら、あなたはどうしてここに来たの?」マクラタは苛立ちを隠さず尋ねた。
マクラタの表情からハンナが歓迎されてはいないのがありありと見て取れる。普通なら居心地が悪くなり早々に席を立つだろうが、ファンタマは意に介す事なく笑顔を浮かべ言葉を続ける。
「あぁ、わたしは奥様について来ただけです。なにやら、お買い物があるそうなんですよ。わたしはてっきりどこか大きな街にでも行くのかと思っていたんですが、着いたのは何もない水辺のお宿で、お話し相手もいなくて暇を持て余しているんです」
席に着いたファンタマに目を止めた給仕がやって来た。
「飲み物は何が御所望でしょうか……」給仕が笑みを浮かべる。
給仕が広げた二つ折りのお品書きには様々な酒の名が並んでいた。ファンタマはその中から選びたかったが堪えて無難に一番安い茶にしておいた。それにせめてもの贅沢として蜂蜜を追加した。給仕は注文を取り終えると会釈をし去って行った。
「まぁ、いい方なので仕事に不満はありません。おおらかな方でもありますし」ファンタマは話を再開した。「それにあの事件以来、あのお宅で働くのが怖くてたまらなくなってましたから……紹介所で今のお家を紹介してもらえて助かってはいます」
いよいよ本題だ。
「怖いって?」とマクラタ。
「呪いのお話です。あれを聞いて以来怖くて……」
「呪いってどういうこと?」 とりあえず、話は聞いてくれそうだ。
「あの御一家に掛けられた加護らしいんですが、わたしとしては呪いといった方が正しいと思うんですよね……」
「……何のことを言ってるの?」
「実はあのお家は力がある魔導師の血筋に当たるそうで、その方がご家族に加護を与えているそうなんですが……その加護というのが家族の身を守るという仕様ではなく、加害者に罰を与えるという効果があるようなんです」
「罰を与える……」 とマクラタ。訝し気に眉にしわを寄せる。
「えぇ、もし彼女の庇護下に入っているご家族に誰かが危害を加えたなら、その方の子飼いの使い魔が加害者に対し報復にやってくるそうなんです。その際、使い魔は被害者に化けて出て来ます。最初は姿を見せる程度ですが……」
マクラタは急に表情を強張らせた。ファンタマの背後に視線が釘付けになっている。
「どうしたんですか?」ファンタマはマクラタに声を掛け、彼女の視線を追い背後へ目をやった。
その先には打ち合わせ通り血を垂らせたネネに化けた使い魔のハンナの姿があった。彼女が現れたのはほんのつかの間で、すぐに靄のように散っていった。
「あなた、今の見なかった?」
「何をですか?」笑顔でとぼけてみる。周囲を窺うように首を左右に振る。「何かありましたか?」今度は心配げな表情も見せマクラタの顔を覗き込む。
「気のせいだわ。昨夜、悪い夢を見たから、そのせいよ」
「夢ですか。嫌ですよね、きついのだと起きてからも後引いたりして……」ファンタマは布張りの椅子の背にもたれた。
「それで使い魔は最初こそ姿を見せるだけなんですが」切れた話題を元に戻す。
「しばらくは気が付けば傍にいるとかだけで済むそうですが、そのうち実際に危害を加え、ついには息の根を止める……そうなんです。そんなの加護じゃなくって呪いですよね。こんな話を面白半分で聞かされたら怖くもなりますよ」 ファンタマはため息をついた。
マクラタに目をやると彼女は顔を引きつらせていた。彼女にかまわずファンタマは先を続ける。
「倒れていたネネ様を発見したせいで、一時的にしろ犯人として疑われたわたしとしては生きた心地がしませんでしたね。でも、ネネ様自身がわたしの無実を証言してくださいましたから、それで少しは気が楽になりました」
「それは本当なの?」とマクラタ。
「わたしもよくある作り話だろうと思ったんですが、恐ろしいことに本当のようです。実際、以前坊ちゃんが喧嘩でお友達に殴られた時は、その方の周辺に坊ちゃんの姿をした使い魔が現れて、加護が最後まで発動しきらないようにと大騒ぎになったとか。けど、今回犯人は捕まることなく逃げ延びています。どうなる事やら……」
「どうなるって……」
「坊ちゃんの時はお家の方がおばさんと呼んでいる魔導師に執り成してもらって事なきを得たんですが、今回の犯人はまだ行方不明で誰にも守ってもらえません」
「犯人は殺されるってこと……?」
「えぇ、たぶん、だって相手は扉や窓、鍵も関係なく入ることができる連中ですよ。見つかるまでの時間稼ぎは出来てもいずれは……」
頭蓋の中でイヤリングの接続が感じられた。
「あいつを部屋から連れ出す準備は整ったわ。そっちは適当に切り上げてこっちに来てちょうだい」アボットの声が頭蓋に響いた。
「了解、区切りがつき次第そちらに行くよ」
ファンタマがラカワの部屋の付近に着いた時、彼は驚いた様子でハンナが化けた客室係との会話の最中だった。やがて、急な呼び出しに納得したラカワは手ぶらでの呼び出しに応じ部屋を出て行った。ハンナとラカワの隙を縫って、周囲と同化したファンタマは部屋に侵入した。ラカワは異質な気配を感じ取った様子はあったが、ハンナとのやり取りで気を回す余裕はなかった。
扉が背後で閉じられ、ラカワの手で扉の鍵が閉じられた。それを合図にファンタマはお宝探しにかかった。ハンナはラカワの居場所を特定した折に、軽く荷物の配置などを見ておいてくれた。まずはその確認からだ。
幸いラカワも獲物の管理についてはウセロと変わらない程度の認識のようだ。お宝は鍵を掛けた鞄にしまっておけば盗られる心配はないと思っている。ラカワがほんの少しばかりましなのは偽の仕切りが付いた鞄を使っていることだ。確かに通常なら見つかることはない出来栄えだ。ファンタマがそれを見つけることが出来るのは日々の鍛錬と経験のおかげだ。
ファンタマは寝台の下から取り出した旅行鞄を開き、中を調べた。中身を丁寧に取り出し、寝台の上に置き内側を調べてみる。硬く冷たい手触りを感じ、一度手を引く。被さっている衣類を取り出すと連発銃が現れた。六発装填可能な回転式の弾倉は弾丸で満たされている。安全装置は掛かっていない。この状態で無造作に収められていたとは危険極まりない。
中身を空にして各所の厚みを調べてみる。鞄に一部が著しく分厚い箇所がある。そこの縁を慎重に押さえて行くと手ごたえがあった。手を離すと内張りが鞄から離れ内部が物入れとなっていることがわかった。
中に収められていた飾り気のない木箱を取り出し蓋を開けると、そこには「湖水の輝き」が入っていた。仔細に確かめ本物に間違いないとの結論に達した。
「見つけたよ」
「ありがとう」アボットの声が聞こえた。頭蓋に響いた声は平板に聞こえたが、明らかに安堵が混じり込んでいる。
「回収しておく」
「お願い」
ファンタマは箱から首飾りを取り出すと、寝台の上に置いた。そして懐からウセロから取り上げた紛い物を取り出し、それを代わりに箱へ収めておく。本物は懐に収め、鞄には元通り荷物を詰め直し、寝台の下に戻しておいた。
「この先どうなるか楽しみだ」
ファンタマは冷たい笑みを浮かべた。
「こんにちは、ユミさん」
ファンタマは彼女の背後から忍び寄り、いきなり肩を叩き声を掛けた。
「きゃっ!」マクラタは驚き、肩を震わせた。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
ファンタマは微笑みながら彼女に許可を求めることもなく対面の椅子に腰を掛けた。
「天気はいいけど湖しかない、水遊びにはまだ早い。少しつまらないですね」 とファンタマ。
「それなら、あなたはどうしてここに来たの?」マクラタは苛立ちを隠さず尋ねた。
マクラタの表情からハンナが歓迎されてはいないのがありありと見て取れる。普通なら居心地が悪くなり早々に席を立つだろうが、ファンタマは意に介す事なく笑顔を浮かべ言葉を続ける。
「あぁ、わたしは奥様について来ただけです。なにやら、お買い物があるそうなんですよ。わたしはてっきりどこか大きな街にでも行くのかと思っていたんですが、着いたのは何もない水辺のお宿で、お話し相手もいなくて暇を持て余しているんです」
席に着いたファンタマに目を止めた給仕がやって来た。
「飲み物は何が御所望でしょうか……」給仕が笑みを浮かべる。
給仕が広げた二つ折りのお品書きには様々な酒の名が並んでいた。ファンタマはその中から選びたかったが堪えて無難に一番安い茶にしておいた。それにせめてもの贅沢として蜂蜜を追加した。給仕は注文を取り終えると会釈をし去って行った。
「まぁ、いい方なので仕事に不満はありません。おおらかな方でもありますし」ファンタマは話を再開した。「それにあの事件以来、あのお宅で働くのが怖くてたまらなくなってましたから……紹介所で今のお家を紹介してもらえて助かってはいます」
いよいよ本題だ。
「怖いって?」とマクラタ。
「呪いのお話です。あれを聞いて以来怖くて……」
「呪いってどういうこと?」 とりあえず、話は聞いてくれそうだ。
「あの御一家に掛けられた加護らしいんですが、わたしとしては呪いといった方が正しいと思うんですよね……」
「……何のことを言ってるの?」
「実はあのお家は力がある魔導師の血筋に当たるそうで、その方がご家族に加護を与えているそうなんですが……その加護というのが家族の身を守るという仕様ではなく、加害者に罰を与えるという効果があるようなんです」
「罰を与える……」 とマクラタ。訝し気に眉にしわを寄せる。
「えぇ、もし彼女の庇護下に入っているご家族に誰かが危害を加えたなら、その方の子飼いの使い魔が加害者に対し報復にやってくるそうなんです。その際、使い魔は被害者に化けて出て来ます。最初は姿を見せる程度ですが……」
マクラタは急に表情を強張らせた。ファンタマの背後に視線が釘付けになっている。
「どうしたんですか?」ファンタマはマクラタに声を掛け、彼女の視線を追い背後へ目をやった。
その先には打ち合わせ通り血を垂らせたネネに化けた使い魔のハンナの姿があった。彼女が現れたのはほんのつかの間で、すぐに靄のように散っていった。
「あなた、今の見なかった?」
「何をですか?」笑顔でとぼけてみる。周囲を窺うように首を左右に振る。「何かありましたか?」今度は心配げな表情も見せマクラタの顔を覗き込む。
「気のせいだわ。昨夜、悪い夢を見たから、そのせいよ」
「夢ですか。嫌ですよね、きついのだと起きてからも後引いたりして……」ファンタマは布張りの椅子の背にもたれた。
「それで使い魔は最初こそ姿を見せるだけなんですが」切れた話題を元に戻す。
「しばらくは気が付けば傍にいるとかだけで済むそうですが、そのうち実際に危害を加え、ついには息の根を止める……そうなんです。そんなの加護じゃなくって呪いですよね。こんな話を面白半分で聞かされたら怖くもなりますよ」 ファンタマはため息をついた。
マクラタに目をやると彼女は顔を引きつらせていた。彼女にかまわずファンタマは先を続ける。
「倒れていたネネ様を発見したせいで、一時的にしろ犯人として疑われたわたしとしては生きた心地がしませんでしたね。でも、ネネ様自身がわたしの無実を証言してくださいましたから、それで少しは気が楽になりました」
「それは本当なの?」とマクラタ。
「わたしもよくある作り話だろうと思ったんですが、恐ろしいことに本当のようです。実際、以前坊ちゃんが喧嘩でお友達に殴られた時は、その方の周辺に坊ちゃんの姿をした使い魔が現れて、加護が最後まで発動しきらないようにと大騒ぎになったとか。けど、今回犯人は捕まることなく逃げ延びています。どうなる事やら……」
「どうなるって……」
「坊ちゃんの時はお家の方がおばさんと呼んでいる魔導師に執り成してもらって事なきを得たんですが、今回の犯人はまだ行方不明で誰にも守ってもらえません」
「犯人は殺されるってこと……?」
「えぇ、たぶん、だって相手は扉や窓、鍵も関係なく入ることができる連中ですよ。見つかるまでの時間稼ぎは出来てもいずれは……」
頭蓋の中でイヤリングの接続が感じられた。
「あいつを部屋から連れ出す準備は整ったわ。そっちは適当に切り上げてこっちに来てちょうだい」アボットの声が頭蓋に響いた。
「了解、区切りがつき次第そちらに行くよ」
ファンタマがラカワの部屋の付近に着いた時、彼は驚いた様子でハンナが化けた客室係との会話の最中だった。やがて、急な呼び出しに納得したラカワは手ぶらでの呼び出しに応じ部屋を出て行った。ハンナとラカワの隙を縫って、周囲と同化したファンタマは部屋に侵入した。ラカワは異質な気配を感じ取った様子はあったが、ハンナとのやり取りで気を回す余裕はなかった。
扉が背後で閉じられ、ラカワの手で扉の鍵が閉じられた。それを合図にファンタマはお宝探しにかかった。ハンナはラカワの居場所を特定した折に、軽く荷物の配置などを見ておいてくれた。まずはその確認からだ。
幸いラカワも獲物の管理についてはウセロと変わらない程度の認識のようだ。お宝は鍵を掛けた鞄にしまっておけば盗られる心配はないと思っている。ラカワがほんの少しばかりましなのは偽の仕切りが付いた鞄を使っていることだ。確かに通常なら見つかることはない出来栄えだ。ファンタマがそれを見つけることが出来るのは日々の鍛錬と経験のおかげだ。
ファンタマは寝台の下から取り出した旅行鞄を開き、中を調べた。中身を丁寧に取り出し、寝台の上に置き内側を調べてみる。硬く冷たい手触りを感じ、一度手を引く。被さっている衣類を取り出すと連発銃が現れた。六発装填可能な回転式の弾倉は弾丸で満たされている。安全装置は掛かっていない。この状態で無造作に収められていたとは危険極まりない。
中身を空にして各所の厚みを調べてみる。鞄に一部が著しく分厚い箇所がある。そこの縁を慎重に押さえて行くと手ごたえがあった。手を離すと内張りが鞄から離れ内部が物入れとなっていることがわかった。
中に収められていた飾り気のない木箱を取り出し蓋を開けると、そこには「湖水の輝き」が入っていた。仔細に確かめ本物に間違いないとの結論に達した。
「見つけたよ」
「ありがとう」アボットの声が聞こえた。頭蓋に響いた声は平板に聞こえたが、明らかに安堵が混じり込んでいる。
「回収しておく」
「お願い」
ファンタマは箱から首飾りを取り出すと、寝台の上に置いた。そして懐からウセロから取り上げた紛い物を取り出し、それを代わりに箱へ収めておく。本物は懐に収め、鞄には元通り荷物を詰め直し、寝台の下に戻しておいた。
「この先どうなるか楽しみだ」
ファンタマは冷たい笑みを浮かべた。