第7話

文字数 4,230文字

 夕暮れ過ぎに寮外へと出て行く人影あり、門衛の詰所のランタンに浮かび上がる姿を離れた位置で見ていたコンロ―は外の仲間に報告を入れる。
「バーンズだ。イシロ・フジミが今、外へと出て行く。追跡を要請する」
 赤毛で小太りの男が門の外に出て周囲を窺い、その後に通りの向こうへと歩き出した。
「了解、バーンズ。アミルが後をつける」コンロ―の頭蓋に返信が響く。
 コンロ―はフジミの追跡を仲間に任せ、自室へと引き揚げることにした。
 ローズには手出し無用と言い渡しておいたのだが、彼女は聞く耳を持たなかったようだ。それとも彼女としては十分に「手控えた」つもりなのか。彼女は去り際に手紙を一通残していった。
 「お探しの内通者は」と綴られた手紙には、おそらくフジミの頭の中を覗きみて得たであろう情報が記されていた。内偵捜査班としては喉から手が出るほど欲していた情報だったが、鵜呑みにするわけにはいかない。伝聞情報では証拠としては弱く、補強のため裏を取る必要がある。この二日間コンロ―達はそれに努め、彼女の情報が十分に信用に足るという結論に達した。
 そして、密輸業者の規模と学内での活動を把握したことで捜査班は作戦を次段階へと進めることにした。カタニナの遺体発見を公表し、封鎖していた用具室を解放した。早速、フジミが動きを見せてくれたのはいい兆候だ。
 コンロ―が自室に戻り、明日の授業のための資料整理を始めるとアミルの声が頭蓋に響いた。
「無事機材を仕掛け終わったわ」とアミルの声。「シェリンと交代する」
「アミル、了解」の声。
 アミルは街路でフジミに絡み、目立たぬように通信魔機を持たせることに成功したようだ。スリも顔負けの彼女の手わざだ。
 同時に通話回線が切り替わり、外部の雑音が混ざり始める。しばらく間をおいて、客の来店を告げる賑やかな鐘の音が響いた。
「店に入るようだ」とシェリン。
 カウンター席に座り主人に酒を注文するフジミの声とシェリンの実況が混ざり合う。普通に晩酌のためにやって来たのなら期待外れだが、それも仕事のうちだ。
 しばらく店内の雑多な会話が響いた後にフジミがカウンター内の店主に通話器を貸してもらえないかと頼む声が入ってきた。コンロ―は手を止め、店主とフジミのやり取りに集中する。店主は快諾し店の隅に置いてある通信器を示す。フジミは礼を言い席を立つ。
「誰かに連絡を取るつもりのようだ」とシェリン。
 フジミの通話相手まではわからないが、彼が先方に対し話す内容は今日の全校集会の内容と用具室の封鎖解除についてだ。
「よし!」コンロ―は小声で呟き、会話の内容を傍にある紙に書き留め始めた。

「面白くなってきたわね」
 ローズも事の成り行きを確かめるために捜査班を追っていた。
「まだ、事件を追いかけるんですか」フレアの声が響いてきた。今夜、彼女は塔で留守番だ。
「いいえ」とローズ。「もう終わってるわ。後はゆっくりと見物だけ」自然と口角が上がる。
 ローズが手を出さなくとも捜査は期待通りの展開を見せているようだ。
 捜査班は期待通りの動きを見せるフジミに大喜びだ。彼の通話に聞き耳を立て、次の策を練っている。密輸業者は例の宝石の奪還を狙っている。警備隊に回収された事も知らず学内への侵入するつもりいるようだ。篝火に群がる羽虫といったところか。宝石の輝きに目がくらみ、その身を焼かれることなるのも知らず火中へと飛び込む。面白い。これは是非見てみたい。
 その段取りを整えるのはもうひと手間必要だろう。ローズは仕上げのために空へ飛び立った。ここは捜査班に任せておけばよい。

 ゲン・カタニナの訃報を伝えた全校集会から四日が経った。警備隊によって東方武術研究会の用具室の封鎖が解除され、それ以後彼らの来訪はない。彼らは「聖リムレーン学院」から興味を失ったとイシロ・フジミは感じ取った。
 警備隊はカタニナの殺害と用具室荒らしを関連付けてはいない。カタニナの殺害の動機については彼が多額の借金を負っていたことまでは掴んだようだ。カタニナはそれを踏み倒したために拉致され殺害されたと警備隊は見ているようだ。用具室荒らしについてはよくある窃盗事件の一つと見ている。これは今も事情聴取のためにやって来る警備隊から聞き及んだ話から出た結論だ。
 遠方からの鐘の音が聞こえ、ほどなく部屋の外を眺めるフジミの目に灯火の瞬きが映った。学校の裏通りに仲間が到着したようだ。夜間には裏口は施錠され無人となる。そのため警備の巡回の隙を突き、扉を開き招き入れれば侵入を悟られることはない。前回は何らかの事情で巡回時間がずれたようだ。そのために侵入が発覚することになった。今回は万が一の発覚を遅らせるため部屋の開錠には鍵を使用する段取りとなっている。気が進まないことだが、フジミも同行を命じられた。
 フジミは裏口から仲間を招き入れ、彼らと共に目的の用具室へ向かった。彼らも二回目だ。フジミに先行して迷うことなく用具室に到着した。追いついたフジミは周囲に注意を払いながら正規の鍵を使い扉を開く。鍵は退勤時間に偽物とすり替え入手しておいた。
 扉を閉じ、ランタンの蓋を閉じ灯火を控える。また、光が漏れては面倒だ。二人が廊下側の見張りを担当し、フジミと後一人で木刀が収められた棚へと向かう。フジミが木刀を手にした瞬間、背後が明るくなった。この大事な時に何をするのか、苛立ちを抑え後ろに目をやる。
「そこまでにしておいてもらえないか。そして、じっとしていてもらおう。抵抗は無意味だ」声の主はランタンを片手に下げたコンロ―だった。肘に砂色の布を掛け片手で細剣を構えている。先にこの部屋に入り、布切れを被り隠れ潜んでいたのか。それが何を意味するのか、無数の推論が浮かび上がるがこちらに有利なものは一つとして浮かんではこない。
「生徒たちも熱心に片づけを済ませたところなんだ。そっとしておいてやってくれないか」コンローは笑みを浮かべたが、眼差しは酷薄だ。
 彼の声を合図に次々に制服隊士が姿を現した。入り口扉が開き、外の廊下にも隊士達が武器を片手に待機していることがわかった。総勢で十人になるだろう。彼らも布切れの後ろに隠れ、フジミたちの到着をを待ち構えて待ち構えていたのか。
「コンロ―先生、どうしてここに」間抜けだが、フジミが口から出せたのは言葉はこれだ。
「これが仕事なんだよ、本来のね」とコンロー。「歴史の講義は楽しかったがこれで終わりだ」
 武器を片手に詰め寄られては抵抗の隙も無い。喉元に突きつけられた刃先に用心し動きを控えるほかはない。仲間が一人ずつ拘束され、手鎖と取り縄で縛られ外へと連行されていていく。
「気にすることはない。今夜は一斉検挙の日なんだ。君たちだけがしくじったわけじゃない」コンロ―の満面の笑みがランタンに照らし出された。「これで慰めになるだろうか」
 すべては仕組まれており、自分たちは警備隊の手の上で踊らされていたに過ぎなかったことをフジミは完全に悟った。怒りを爆発させた彼は縛られたままコンロ―に食ってかかろうとしたが、両側を固める隊士に引き戻された。

 ローズは用具室での逮捕劇を窓の外で見ていた。もう少し刺激が欲しかったが、また用具室が荒らされたとあの四人組が知れば悲しむかも知れないと思い、これで良しとした。それにまだ次がある、あまり待たせるわけにはいかない。ローズは南の空へと飛び去っていった。
 目標の邸宅の周囲は既に警備隊の一部隊で囲まれていた。官庁街から僅かに南東へと外れた位置にあるのは貿易、貸金業を営むコタム・ラジュンの住居だ。彼は書斎で今夜の成果に対する報告を一人で待っていた。
「今夜の首尾は上々、帝都警備隊の大勝利といったところでしょうか」
 ラジュンは突然書斎に響いたの女の声に驚き周囲を見回した。しかし、誰の姿も見えない。
「誰だ。どこにいる」
 通話機に駆け寄ろうとしたが、足を一歩出したところで身体が動かなくなった。
「落ち着きなさい。もう終わりなんですよ。もうすぐここにも警備隊がやってきます。その前に優しいわたしがあなたの疑問に答えて上げましょう」
「疑問?」身体を動かそうと抵抗するラジュンが言葉を絞り出す。
「カタニナという男がかすめ取った宝石の在処を知りたかったんでしょ」
「……」
「結論から言えば、もう誰にもわからないです」ローズの笑い声が混じる。「すみません、答えになっていませんね」
 ローズの笑いにラジュンが苛立ちを募らせる。
「わたしの知り合いによると彼はあなた達からかすめ取った宝石をすべて賭けごとにつぎ込んでしまったようですね。それでいくらかの利益を得はしたようですがそれはあなた方には関係のない話で、宝石は受け取った彼らがきれいに洗浄して大っぴらに表市場に流している事でしょう」
 ローズはカタニナについて新市街の顔役たちに問い合わせをしておいた。帰って来たのがこの答えだ。ローズの言葉にラジュンの意識から赤黒い怒りがほとばしる。音にはならぬ罵詈雑言がローズに突き刺さる。
「愚かなのはあなたでしょう。カタニナはあなたの賭場で借金を作った男でしょうに。なぜ、そんな男を仲間に引き入れたんですか。なぜ、あんな男に大事な商品の管理を任せたんです。受け取った傍からかすめ取っていくのがわからなかったんですか」
 動けず声も出せない、そして怒り狂うラジュンをローズは煽った。
「そんな男はさっさと始末しておくべきだったんですよ。然るべき手段を講じて」苦笑を漏らす。
「そうそう、あのフジミという男も同様の理由で引き込んだようですが、彼の方は仕事に関しては誠実なようでしたね。彼だけにしておけばよかったんですよ。手の込んだ隠し方をするより、彼に渡しておいた方がごまかしもなく単純にすみました。彼なら適切な場所を見つけて隠しておいたでしょうに」
 ローズによる書斎に響き渡る笑いが曳くとラジュンの拘束は解かれた。ラジュンは支えを失ったかのように床に膝をついた。
「そろそろ、お暇しますね」
 間髪置かず乱暴に扉が開かれ書斎に警備隊の一団が飛び込んできた。ラジュンはもはや抵抗する気力もなくあっさりと捕らえら戸外へと連行されていった。 

 翌々日に宝石密輸業者の摘発と聖リムレーン学院教師の殺人犯逮捕の報が新聞紙上を賑わしたが、それらの関連を知る者はごく僅かだった。そして、そんな彼らも真相を口にすることはないだろう。
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