第6話

文字数 3,180文字

 コンロ―の視覚を撹乱し、その隙にローズは寮の外へと出た。姿を消し屋根の上に舞い昇る。外の見張りには塔の方角へと飛び去って行く姿を見せておいた。
 ローズはまだ言葉通り引き下がる気はなかった。ポンタスたちにつきまとっていたのが警備隊であっても、その原因を取り払われない限り安全ではない。憂いは確実に取り払う必要がある。警備隊はまだ一人は校内に内通者がいると見ていた。ローズもそれに同意見だ。カタニナの失踪と彼の部屋の被害は特に新聞などでは取り上げられてはおらず、それを知ることが出来るのは学校関係者とカタニナの周辺のみだろう。用具室の位置を的確に特定し、侵入をしたのも内通者の手引きがあったからに違いない。
「学校内外の情報を怪しまれず取り込むことができるのは……」声に出さず呟く。
 それはやはり、カタニナやコンロ―の同僚か。外から通うのではなく、学生と同じく寮に自室を持つ教師だ。何人ぐらいいるのか探ってみる。
 学校は希望者に教師向けの部屋を貸し出しているようだ。学生寮と違い室内の設備は市中の集合住宅と変わらない。調理設備もあり自炊も可能だ。だが、多くの教師は寮の食堂で学生と共に食事を取るか、外食に頼っているようだ。コンローはそれを理由に外出しその先で情報のやり取りを繰り返していた。今は寮を使用しているのはコンロ―を含め十数名、多くが試験の答案に目を通し、明日の準備をするなど残業に励んでいる。
 ローズは教師たちの意識を覗いているうちに六人目で当たりを引くことが出来た。名前はイロシ・フジミ、数学教師のようだ。カタニナの監視役だったようだが、カタニナの方が一枚上手だった。木刀に仕込まれていた宝石を目立たぬ程度に抜き取りくすねていた。フジミはそれに気づかず見過ごしていたようだ。カタニナは彼に見つからぬように帳簿操作もしていたようだが、ここを通過した際に入出数が合わなくなればばれて当たり前だ。少なくと偽物などを混ぜて数だけでも合わせておくべきだったのだ。
 その結果カタニナは密輸組織に校外へ呼び出され、さらわれてしまった。カタニナはくすねた宝石の行方を喋ることなく死亡した。死んでしまってはローズであっても聞き出せる情報はない。アイリーンや特化隊のアトソンであっても具体的な情報を得ることは困難だろう。
 意外なことにカタニナの死亡は校内に知らされてはいない。未だ行方不明の扱いだ。そして、フジミは宝石が仕込まれた木刀が押収をされたことも知らない。再びローズはコンロ―の意識に入り込んだ。なるほど、この二点を校内で知っているのはあの四人組だけだったようだ。コンローは彼らに「嫌疑なし」と口では言っていたが、信用はしてはいなかったようだ。情報を与え何か動きがないか試してみたが、彼らは黙ってはいた。あの四人はつまらぬ大人よりよほど分別を持ち合わせていた。それだけの話だ。だが、混乱は深まるばかりで埒が明かず、持ち前の行動力からフレアに相談を持ち掛けた。
 警備隊と密輸組織の双方とも膠着状態といったところか。澱んだ堰の一画を解き放てばどうなるか。ローズは手元に紙を一枚取呼び出した。一文書きつけ軽く三つ折りにして封筒に入れた。ローズはそれを見張り役の御者席の傍に置き塔へと戻った。

 ポンタスたちが夜に訪れたフレアと会話を交わした夜から二晩が過ぎた。次の朝は校長からの陰鬱な報告から始まった。
 朝、食堂に集まった学生達は指導担当のハサウェイから食事が終わり次第、全員講堂に集まるようにと指示を受けた。彼の憔悴しきった表情とひどく落ち込んだ口調により、朝の祈りは葬式の弔辞のようになってしまっていた。彼の様子と突然の全校集会で誰もがただならぬ事態が起こったことを察した。いつもは賑やかな連中も雰囲気に飲まれおとなしくなっていた。
 講堂に並んだ生徒の前に疲れがありありと浮かんだ校長が現れた。朝の挨拶の後に告げられたのがこの言葉だ。
「しばらく、お休みになっていたゲン・カタニナ先生がお亡くなりになりました」
 校長の報告に講堂内にどよめきが起こる。ポンタス達はハルキンから先立って聞かされていたが、改めて言葉で聞かされるとやはり衝撃を受けた。警備隊は本当に学校にまで公表を控えていたようだ。詳細を省いているので、先生をよく知らなければ病欠の上亡くなったと勘違いするかもしれない。どちらかと言えばそちらの方が気楽だろう。
 校長が話を続ける最中にポンタスは視界の端で何かが動くのを感じ、そちらに目をやった。ゆったりとした茶色のウェストコートの中年男、湾岸南署のハルキンだ。
 軽やかな足取りで講堂に入ってきたハルキンは壁際を歩き、訝し気な視線を放つ教師たちに軽く頭を下げつつ、学生たちが並ぶ最前列近くまで行くと足を止めた。ハルキンはポンタスの視線に気が付いたようで軽く片手を上げた。ポンタスは目立たぬ程度に小さな会釈を返しておいた。
 訃報から続く校長の講話が終了し、解散が告げられ生徒たちは整然と講堂から出て行く。その人並みを縫うようにハルキンはポンタスに向かい歩いてくる。生徒たちは行く手を邪魔するこの男は何者かと睨みながら避けていく。人波が落ち着くまで待つか、前回のように教員室まで呼び出せばいいのにわざと目立つようにしているように見える。
「やぁ、ハンス君おはよう」生徒の波を乗り越えポンタスの元に辿り着いたハルキンは軽く手を上げた。
「おはようございます」周囲から視線が集まるのを感じながらポンタスは挨拶を返した。
「捜査のためといってもいつまでも公表しないわけにはいかないからね。君たちにも無理を言ってすまなかった」ハルキンは軽く頭を下げた。
「いや、、それほどでも……」返す言葉がわからず出たのはこれだ。
「それから、君たちの用具室の封鎖は解いておいたよ。押収した証拠品の代わりをいくらか入れておいたから、気兼ねなく使って欲しい」
「ありがとうございます」これは朗報だ。
「最後にお願いだが、これ以後君たちはこの件には一切かかわらないで欲しい。事態は非常に微妙で危険な局面に入っている。それから、詳細を口外するのはこれからも避けて欲しい。じゃぁこれで」
 ハルキンはこれだけ告げると踵を返し、後ろ手で別れの挨拶代わりに手を振り去って行った。
「さっきの警備隊の人だよね」
 離れた位置で二人のやり取りを見ていたらしいフルトンが駆け寄ってきた。
「何の用だったんだ?」ゼレンも顔を出した。
 ジョンも駆けつけてきた。
「用具室を使えるようにしておいたってさ」とポンタス。
「おぉ!」三人が歓声を上げる。
「それともう事件には手出し無用で口外もするなってさ」
「それが無難だよ」とジョン。「一昨日の夜にも自分たちに任せておとなしくしているようにと彼女から言われたし」
「うん、ローズ様にお任せしておけば、悪いようになりませんって言ってたね」昨夜の出来事を思い返すように上を見上げる。
「早速、手を回してくれたってことかな」とゼレン。「とりあえず、授業が終わったら用具室に集合でいいな」
「了解」
「わかった」
 この日の授業が終わった昼下がりにポンタス達は四人で用具室にやって来た。警備隊による立ち入り禁止の帯封も外され、貼りつけていた糊が少し残っているが、これは掃除すれば取れる。フルトンが新しくなった鍵を開ける。代り映えの部屋なのだが、足を踏み入れると自然に嬉しさが込み上げてきた。他の三人の顔にも笑顔が浮かんでいる。
「元通りには程遠いけど……」とゼレン。そう、元に戻すには状況が変わり過ぎている。
「やり直しは十分効くさ、頑張って行こう」
「そうだな。まぁ、とりあえずは掃除からかな。警備隊は木刀とかは返してくれたけど、他はそのままだよ」
「それじゃ、掛るとするか!」
 四人はゼレンの号令と共に掃除を始めた。
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