第7話
文字数 3,506文字
塔内外の雑事を済ませフレアはホワイトの倉庫へと向かった。アイリーンはフレアからの連絡を受けて情報収集のため街へ出ていた。ホワイトも事の成り行きを気にしていたようだ。
「光球を従え、徘徊する鎧は怪談めいた噂話では済まなくなっているようだ」
フレアは勧められたホワイトの対面の席に座った。座面に尻が落ち着く間もなくホワイトは話を始める。
「昨夜、市中を巡回中の警備隊隊士二人がそれとは知らず徘徊する鎧に声をかけたらしい。街中を足を引き摺るように歩いていては、警備隊も何事かと気にもなるだろう。鎧は即座に光球を警備隊士に向かい放った。二人とも応戦しようと剣に手を掛けたが激しい衝撃を受け気を失ったそうだ」
「気を失ったという事は助かったのね」フレアは安堵の息を漏らす。
前のめりになり話を聞いていたフレアは緊張を解き背もたれに体を預けた。
「そうだ。皮肉にも彼らは手遅れ、抜刀出来なかったことが一命をとりとめる要因になったようだ。他の二人のように剣を撃ち込んでいれば、強力な雷撃を受けていたに違いない。従える光球が纏う雷撃を受ける程度で済みはしたが、それさえ状況によっては死に繋がりかねないのに幸運なことだ」
「夢のようだと思ってたけど、鎧は完成していたということね」
「完成はした。しかし、それは悪夢そのものだった。そのため当時は記録のみを残し封印することにした」
「何が問題だったの?」とフレア。
「お前が思い描くような鎧なら鎧下として丈夫な保護具を身に着けておけば、窮屈であっても安全だろう。刃だけでなく、剣呑な鏃まで霧散する。銃弾にも効果があるかもしれん。その力を鎧に持たせることについては成功はした」
「それならどうして?」
「鎧に定着させた魔法生物に強い再生力を持たせた。鎧はそのおかげで断ち割られても自身で再生修復するほどの力を持ったが、そのためには当然餌が必要となる。その果てに力をつけ飢えた鎧は着用者を操り暴れだした。それが鎧の実用試験の末に起こった結果だ。開発者達はどうにか鎧を眠らせ着用者を救出し施設ごと封印した。研究は別の施設に移し再開する機会を待っていたが、二百年前のごたごたでそれっきり立ち消えになっていたようだ」
「よりによって、そんな施設を掘り当ててしまってというわけね」
「地下はいくらでもあると言うのにな」
「でも、よくそこまで調べたわね。それもあの紙綴じに書いてあったの」
「これはアイリーンの仕事だ。帝都の連中がお互いに通信石で繋がっているのも幸いしている。その繋がりの中で情報を共有しているからな。当事者も探しやすい。アイリーンならその者の近くに出向き情報を読むこともできる。詳細な鎧の情報は例の精霊憑き連中から読み取ったようだ」
「特化隊ね」フレアは口角を上げた。「確かにこの件なら彼らが担当ね。当然絡んでくる」
「連中は鎧の乗り物になっているのは行方が知れない蟲使いの魔導師ではないかと推測している。わたしも同感だ」とホワイト。
「奴も工場長と共に地下に入ったはずだ。案内がいるからな。そこで施設を探索している最中に、鎧を発見し接触してしまい乗り物となった。そんなところだろう。それを見て逃げ出した工場長は地上へ出る過程で制御を失った蟲と出くわし……」
「光さえあれば襲ってはこられないのに……気の毒に」
「誰もがそれを知り、落ち着いて行動できるとは限らないぞ」 ホワイトがたしなめる。
「あぁ、最初はわたしも知らなかったんだった」
「ともかく、騒ぎを収めるには蟲使いを探し出すが先決のようだ」
「心当たりはあるの?」
「無い」ホワイトは顔をしかめた。「……無いが、ここはアイリーンが耳寄りな情報を持ってくることに期待して待つとしよう」
工場の地下採掘を行い、現在は乗り物となっていると思われる魔導師は名はジン・チクラモと判明した。その名は工場の工員名簿の中から発見された。非公開の現場要員であっても給金は発生する。雇われ工場長のキキトとしては収支をごまかし給金を捻出するより、正規の工員として組み込んだ方が都合がいいと考えたのだろう。
彼の存在に気が付いたのは工場の書類をくまなく見聞していた警備隊隊士だ。彼女は新入りの工員の中にジン・チクラモなる男を発見した。他にも新入りは何人かいた。そのうち残っているのは一人だけだそうだ。窯は熱く、煉瓦は重い。給金の割はよいがきつい仕事のため続かないことも多く出入りは激しい。そんな彼らに関しても一通りの素性を書き止めた書類を残していたがチクラモのそれはでたらめだった。
消えた魔導師と思われる名前が判明して警備隊、特化隊ともにその詳しい素性と立ち回り先を追った。ビンチとフィックスも別れて各自の情報源を訪ねるつもりで歩いていると通信が入ってきた。
落ち着いた女性の声が頭蓋に響く。
「ジン・チクラモという魔導師について知っていることを話して欲しいの」 これは現場中継だ。
聞き覚えのある声だった。シャーリー・ジェロダンという隊士で先の切り裂き魔事件で知り合った。その姿は食堂や商店の主人が似合っていそうな雰囲気の中年女性だ。彼女も情報源に出向いているようだ。
「もちろん知ってるでしょ?」柔らかな口調ではあるが、鋭い威嚇が含まれている。
「……わかりましたよ」男の半ばあきらめのような口調。商談は成立したようだ。
一時中断の後ジェロダンの声が戻ってきた。
「ジン・チクラモなる魔導師はこの帝都にいます。所在については不明ですが住居は判明しました……」
ジェロダンの報告に伴い現場突入の指揮が回線内で取られていく。
「聞いてるか?」ビンチの声がフィックスの頭蓋に響く。
「あぁ、聞こえてるよ」
「奴と出くわしたとして、まともに殺り合うことが出来そうなのはお前だけだ。俺のクルアーンは耐えられても俺自身がどうなるとか見当はつかん」 珍しくビンチから不安が伝わってくる。
「まぁ、任せてくれ。だが、雷撃は何とかなるとしても、鍵になるのは付与されているという修復力だ。それがどれほどのものか、場合によっちゃあ前回を同様に眠らせてもらう必要がある。根本的な解決にはならんがやむを得ない」
「蟲使いの居場所がわかったようだ。ここから少し西にある住宅街だ。アイリーンとはそちらで合流する。お前も付いてくるか?」
ホワイトに誘われフレアがやって来たのは、以前通りすがりに目にした公園沿いの住宅地だった。建築様式は新しく、土地が開かれたのは最近のことだろう。最近といってももう数十年も昔の話だ。似通った住居が一纏めに建てられている。工房区からもさほど離れていない。三人はいつものように姿を消し、隣家の屋根の上に座り込んでいる。
チクラモの住居とされる砂色の壁にくすんだ赤に屋根の建物は既に警備隊に囲まれていた。その数も既に十人を越えている。隊士達の意識を読んでいるアイリーンによると人員は更に増員される予定で、特化隊と同騎士団の魔導士隊も間もなくやって来るようだ。
「どうしたものか」ホワイトは周辺に潜む隊士達を眺めつつ呟いた。
彼らは掃除や洗濯物配達の馬車の中に潜み突入の命令を待っている。
「ただ、隠れて様子を窺っているだけなら何のことはないが、屋敷内を探るとなると面倒だな。奴らは外部との通信も常時繋げてあるだろう。眠らせてそれが途切れることになれば動きを悟られる」
「特化隊に魔導師も対魔導師対応でやって来るでしょうから近寄るには注意が必要ね」とフレア。
「かと言って、このまま奴らのやり取りを聞いているだけというのも口惜しい」
「……ここで手が出せないなら、わたし達で他の出入り口とかがないか確かめてみるのはどうかな」
「他の出入り口とは?」
「玄関と勝手口以外の出入り口よ。例えば地下から外へ通じているような秘密の出入り口」
「それはわかるが……」
「このままじっと眺めているしかないんでしょ……」
「……ふん。わかった。ここでじっとしていてもどうにもならんしな。暇つぶしにはなるかもしれん」
「お母様、この辺りでも例の鎧を目にした者がいるようです。隊士達がそのような情報を共有しています」御者に扮した警備隊士をじっと見つめていたアイリーンがこちらに視線を向けた。
「アイリーン、それはどこだ」
「……この先の公園です」アイリーンは左手を公園へと向けた。
「アイリーン、お前は引き続きここの番をしておれ」
「はい」
「フレア、お前は付いてこい。公園に鎧が出たのなら匂いが残っておるかもしれん。それを探してくれ」
「光球を従え、徘徊する鎧は怪談めいた噂話では済まなくなっているようだ」
フレアは勧められたホワイトの対面の席に座った。座面に尻が落ち着く間もなくホワイトは話を始める。
「昨夜、市中を巡回中の警備隊隊士二人がそれとは知らず徘徊する鎧に声をかけたらしい。街中を足を引き摺るように歩いていては、警備隊も何事かと気にもなるだろう。鎧は即座に光球を警備隊士に向かい放った。二人とも応戦しようと剣に手を掛けたが激しい衝撃を受け気を失ったそうだ」
「気を失ったという事は助かったのね」フレアは安堵の息を漏らす。
前のめりになり話を聞いていたフレアは緊張を解き背もたれに体を預けた。
「そうだ。皮肉にも彼らは手遅れ、抜刀出来なかったことが一命をとりとめる要因になったようだ。他の二人のように剣を撃ち込んでいれば、強力な雷撃を受けていたに違いない。従える光球が纏う雷撃を受ける程度で済みはしたが、それさえ状況によっては死に繋がりかねないのに幸運なことだ」
「夢のようだと思ってたけど、鎧は完成していたということね」
「完成はした。しかし、それは悪夢そのものだった。そのため当時は記録のみを残し封印することにした」
「何が問題だったの?」とフレア。
「お前が思い描くような鎧なら鎧下として丈夫な保護具を身に着けておけば、窮屈であっても安全だろう。刃だけでなく、剣呑な鏃まで霧散する。銃弾にも効果があるかもしれん。その力を鎧に持たせることについては成功はした」
「それならどうして?」
「鎧に定着させた魔法生物に強い再生力を持たせた。鎧はそのおかげで断ち割られても自身で再生修復するほどの力を持ったが、そのためには当然餌が必要となる。その果てに力をつけ飢えた鎧は着用者を操り暴れだした。それが鎧の実用試験の末に起こった結果だ。開発者達はどうにか鎧を眠らせ着用者を救出し施設ごと封印した。研究は別の施設に移し再開する機会を待っていたが、二百年前のごたごたでそれっきり立ち消えになっていたようだ」
「よりによって、そんな施設を掘り当ててしまってというわけね」
「地下はいくらでもあると言うのにな」
「でも、よくそこまで調べたわね。それもあの紙綴じに書いてあったの」
「これはアイリーンの仕事だ。帝都の連中がお互いに通信石で繋がっているのも幸いしている。その繋がりの中で情報を共有しているからな。当事者も探しやすい。アイリーンならその者の近くに出向き情報を読むこともできる。詳細な鎧の情報は例の精霊憑き連中から読み取ったようだ」
「特化隊ね」フレアは口角を上げた。「確かにこの件なら彼らが担当ね。当然絡んでくる」
「連中は鎧の乗り物になっているのは行方が知れない蟲使いの魔導師ではないかと推測している。わたしも同感だ」とホワイト。
「奴も工場長と共に地下に入ったはずだ。案内がいるからな。そこで施設を探索している最中に、鎧を発見し接触してしまい乗り物となった。そんなところだろう。それを見て逃げ出した工場長は地上へ出る過程で制御を失った蟲と出くわし……」
「光さえあれば襲ってはこられないのに……気の毒に」
「誰もがそれを知り、落ち着いて行動できるとは限らないぞ」 ホワイトがたしなめる。
「あぁ、最初はわたしも知らなかったんだった」
「ともかく、騒ぎを収めるには蟲使いを探し出すが先決のようだ」
「心当たりはあるの?」
「無い」ホワイトは顔をしかめた。「……無いが、ここはアイリーンが耳寄りな情報を持ってくることに期待して待つとしよう」
工場の地下採掘を行い、現在は乗り物となっていると思われる魔導師は名はジン・チクラモと判明した。その名は工場の工員名簿の中から発見された。非公開の現場要員であっても給金は発生する。雇われ工場長のキキトとしては収支をごまかし給金を捻出するより、正規の工員として組み込んだ方が都合がいいと考えたのだろう。
彼の存在に気が付いたのは工場の書類をくまなく見聞していた警備隊隊士だ。彼女は新入りの工員の中にジン・チクラモなる男を発見した。他にも新入りは何人かいた。そのうち残っているのは一人だけだそうだ。窯は熱く、煉瓦は重い。給金の割はよいがきつい仕事のため続かないことも多く出入りは激しい。そんな彼らに関しても一通りの素性を書き止めた書類を残していたがチクラモのそれはでたらめだった。
消えた魔導師と思われる名前が判明して警備隊、特化隊ともにその詳しい素性と立ち回り先を追った。ビンチとフィックスも別れて各自の情報源を訪ねるつもりで歩いていると通信が入ってきた。
落ち着いた女性の声が頭蓋に響く。
「ジン・チクラモという魔導師について知っていることを話して欲しいの」 これは現場中継だ。
聞き覚えのある声だった。シャーリー・ジェロダンという隊士で先の切り裂き魔事件で知り合った。その姿は食堂や商店の主人が似合っていそうな雰囲気の中年女性だ。彼女も情報源に出向いているようだ。
「もちろん知ってるでしょ?」柔らかな口調ではあるが、鋭い威嚇が含まれている。
「……わかりましたよ」男の半ばあきらめのような口調。商談は成立したようだ。
一時中断の後ジェロダンの声が戻ってきた。
「ジン・チクラモなる魔導師はこの帝都にいます。所在については不明ですが住居は判明しました……」
ジェロダンの報告に伴い現場突入の指揮が回線内で取られていく。
「聞いてるか?」ビンチの声がフィックスの頭蓋に響く。
「あぁ、聞こえてるよ」
「奴と出くわしたとして、まともに殺り合うことが出来そうなのはお前だけだ。俺のクルアーンは耐えられても俺自身がどうなるとか見当はつかん」 珍しくビンチから不安が伝わってくる。
「まぁ、任せてくれ。だが、雷撃は何とかなるとしても、鍵になるのは付与されているという修復力だ。それがどれほどのものか、場合によっちゃあ前回を同様に眠らせてもらう必要がある。根本的な解決にはならんがやむを得ない」
「蟲使いの居場所がわかったようだ。ここから少し西にある住宅街だ。アイリーンとはそちらで合流する。お前も付いてくるか?」
ホワイトに誘われフレアがやって来たのは、以前通りすがりに目にした公園沿いの住宅地だった。建築様式は新しく、土地が開かれたのは最近のことだろう。最近といってももう数十年も昔の話だ。似通った住居が一纏めに建てられている。工房区からもさほど離れていない。三人はいつものように姿を消し、隣家の屋根の上に座り込んでいる。
チクラモの住居とされる砂色の壁にくすんだ赤に屋根の建物は既に警備隊に囲まれていた。その数も既に十人を越えている。隊士達の意識を読んでいるアイリーンによると人員は更に増員される予定で、特化隊と同騎士団の魔導士隊も間もなくやって来るようだ。
「どうしたものか」ホワイトは周辺に潜む隊士達を眺めつつ呟いた。
彼らは掃除や洗濯物配達の馬車の中に潜み突入の命令を待っている。
「ただ、隠れて様子を窺っているだけなら何のことはないが、屋敷内を探るとなると面倒だな。奴らは外部との通信も常時繋げてあるだろう。眠らせてそれが途切れることになれば動きを悟られる」
「特化隊に魔導師も対魔導師対応でやって来るでしょうから近寄るには注意が必要ね」とフレア。
「かと言って、このまま奴らのやり取りを聞いているだけというのも口惜しい」
「……ここで手が出せないなら、わたし達で他の出入り口とかがないか確かめてみるのはどうかな」
「他の出入り口とは?」
「玄関と勝手口以外の出入り口よ。例えば地下から外へ通じているような秘密の出入り口」
「それはわかるが……」
「このままじっと眺めているしかないんでしょ……」
「……ふん。わかった。ここでじっとしていてもどうにもならんしな。暇つぶしにはなるかもしれん」
「お母様、この辺りでも例の鎧を目にした者がいるようです。隊士達がそのような情報を共有しています」御者に扮した警備隊士をじっと見つめていたアイリーンがこちらに視線を向けた。
「アイリーン、それはどこだ」
「……この先の公園です」アイリーンは左手を公園へと向けた。
「アイリーン、お前は引き続きここの番をしておれ」
「はい」
「フレア、お前は付いてこい。公園に鎧が出たのなら匂いが残っておるかもしれん。それを探してくれ」