第7章 はじまり - 依頼(2) 

文字数 1,391文字

               依頼(2)


 それからは、ほとんどを岡島が話し、時折、優子が口を挟んだ。

 おおよそを話し終えたところで、岡島が真剣な顔を突き出し、

「なんとか……あの老夫婦のやつのようにお願いできませんか? もちろん、
 結果がどう出ようが覚悟していますので……」
 
 そう言ってから、同意を求めるように優子へチラッと視線を向ける。

 その岡島の視線に合わせ、彼も優子をジッと見つめて、

「しかしまあ、本当に凄い人ね、この人の旦那さん……」

 溜め息交じりにそんな声を上げた。

「でも、こんな人をどうにかしようなんて、結構ワクワクしちゃうじゃな
 い? とにかく、いろんなラストシーンが考えられるわよ、さて、どうしま
 しょう……」
 
 そこで初めて難しそうな顔を見せ、彼は下を向いて腕を組んだ。
 
 ――ラストシーン。
 
 優子はこの時、彼の言葉を耳にして、

 心の隅にしまい込んでいたある出来事を思い出した。

 それは、義母が東京の施設に入所して、3ヶ月くらいが経った頃……、

「お袋を引き取る!? おいおい、何のための施設だ!? どうしてわざわ
 ざ、頭のおかしくなったのを引き取ろうなんてことを言う!? そんなこと
 してみろ! 俺はもうこの家には帰って来ないぞ!! 」
 
 認知症の義母を家に引き取ったらどうか、

 そう声にした途端、武井は激高と呼ぶべき反応を見せる。

 頭のおかしくなった……武井はまさしく、

 己の母親のことをそう表現していたのだ。

 ――もし、わたしが彼のお母さんと同じ病気になったら、

 ――今の彼なら迷いもなく、わたしを施設へ放り込むだろう。

 ――せめて……子供でもいてくれたら……。

 そんなことを案じる優子の望むラストシーンは、

 本当に、武井とのものではないのだろうか? 

 そういう疑念を拭い去るためにも、

 岡島の提案は有効であると、彼女は思うようになっていた。

 自分がどれほど多くの人に支えられて、これまでの時間生きてきたのか、

 そんなことにさえ気付いてくれれば、

 まだやり直せるチャンスが残っているような気がする。

 しかしそう思い通りに事が進むとは限らないのだ。

 そうならそうで、別のラストシーンを思い描いていくだけ。

 とにかく、すべてを捨てて前に進む為にも、

 優子は少しの未練も残しておきたくはなかった。

「まずは、1回ストーリーを考えてみますね。それで、もしいけそうなら、す
 ぐにご連絡差し上げますので……」
 
 彼はそう言って、なぜか岡島に軽いウインクをして見せる。

「それじゃあ、引き受けていただけるんですね? 」

「待って、一番大事なこと忘れてたわ! 」

 岡島の声に彼はいきなり立ち上がり、脇に置かれていた電卓を手にする。

「とにかく、いい大人を完全に信じ込ませて、性根まで叩き直すんでしょ? 
 どう考えたって、結構大掛かりなものになるわよ。それで費用は……いった
 いどのくらいでお考えなの? 」
 
 そう言って、彼は手にした電卓を岡島へと差し出した。

 岡島は黙ってその電卓を受け取り、1人膝の上で金額を入力する。

 さらにその金額を優子に見せた後、

 そのまま彼に向かって液晶画面を指し向けた。

 するとそれを見た途端、

「ちょっと待って! うちは殺人とか、警察のご厄介になるようなことは引き
 受けませんよ! 」
 
 声高にそう言って、

 さも恐ろしげな形相を2人へと向けるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み