第8章 収束 - 終演へ(5)

文字数 1,012文字

               終演へ(5)


 待ちに待ったラストシーンが、後、半日とちょっとで訪れようとしている。

 その後、東京へと舞い戻った武井は、

 美咲のマンションで一悶着起こすか、

 あるいは出ていった谷川を尾行しようとするのか? 

 たとえ後者だったとしても、金のない彼はいずれにせよ部屋に戻り、

 結局は美咲と再会することになる。

 これが大筋の流れであり、その他のところが多少変化したとしても、

 そこだけは欠かすことのできない筋書きだった。

 そうして美咲から語られる物語、

 当然、武井のために練られたでっち上げ――を、

 武井は半日かけて、現実のことなんだと信じ込む。

 美咲に言われるまま屋敷へと戻り、

 彼は数々の証拠を目にすることになるのだ。

 さらに、そんな証拠が指し示すもう1つの真実が、

 妻、優子の〝裏切り〟となるはずだった。

 長年にわたる不倫の関係を経て、とうとう離婚を決意した優子は、

 岡島と共謀し、これまでの恨みすべてを晴らそうとする……。

 ――冗談じゃないぞ! 岡島とおまえだけは絶対に許すもんか! 

 武井はそんな憤りを胸に、日暮れの頃になってやっと、

 美咲と共に別荘地へ現れるはずだったのだ。

 ところが実際は、彼はまったく想定外の行動を取る。

 美咲と接点を持たぬままタクシーに乗り込み、

 なぜか谷川の乗る車を追い始めたのだ。

 尾行班からの連絡でそれを知った中津は、

 慌てて別荘にいる全員にそんな武井の行動を伝える。

 さらに別荘に向かいつつある谷川の携帯へ、

 計画の続行だけは指示していた。

「金を工面する動きなんて報告にはなかったんでしょう? じゃあどうしてタ
 クシーなんかに乗れたんですか? どうしましょう……俺、別荘に向かうの
 止めましょうか? 」

「いえ、今さらそこまでの変更は難しいわ。もし、今日別荘へ誘導できなくな
 ったら、それこそ面倒くさいことになっちゃうもの。そのまま知らんぷりし
 てて構わないから、とにかくあなたはこっちに向かってちょうだい。こっち
 はこっちで、今から対策を考えるわ……もう参っちゃう……」
 
 そんな中津からの指示の後、谷川への連絡は一切何もないままだった。

 だから彼だけはその後の変更を知らされぬまま、

 何も知らないで武井の別荘へと到着する。

 そして、谷川がそんな連絡を受けたその時点では、

 誰も予測できない事態へと発展するや知れぬ、

 まさに大いなる危機をはらんでいたのである。
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