第4章 危機 – 中津道夫

文字数 863文字

              中津道夫


              
 ――こいつはどこまで知っている? 

 ――俺は、どこまでを話したらいいのか? 

 中津と名乗る中年男を前にして、

 武井は当初、そんなことばかりを考えていた。

 始業時間寸前、アポイントも取らずに現れた男は、

 背広の襟に付いた金文字、金枠付きの赤いバッジをチラ付かせ、

 さらに胸ポケットから職員証までを取り出し見せた。

「最上階にある……何と言いましたっけ? 確か、スカイラウンジ何とかって
 いうバーで、パーティーの後もご一緒だったんですよね? そこまでは、わ
 たくしどもも確認が取れているんですが、その後の方がちょっと……」

 そう言って刑事だと名乗る男は、

 テーブルの上に置かれた写真を武井の方へと押し出した。
 
 目の前に差し出された写真の中で、
 
 薫の顔がフレーム一杯に写し出されている。

 きっと免許証かパスポート用の写真なのだろう。

 実際の薫を知っているせいで、

 硬い表情で写るその顔が、より彼女の身に起きた出来事を思い出させた。

「彼女とは、ホテルのバーの後すぐに別れましたよ」

 平然と話しているつもりが、声がちょっとだけ上ずって響く。

 彼は丸まっていた背筋をピンと伸ばし、

 軽い咳払いをしてから少しだけ大きな声で話を続けた。

「そんなわけで、彼女がその後どこに行ったか知りませんし……その日以来一
 切会ってません。ちょっと今日は立て込んでおりまして、申し訳ありません
 が……」

 ……お引き取りください。
 
 これだけは、ギリギリのところで言わずに済んだ。

 そこまでは、
 中津という刑事も至って紳士的であり、人の好さそうな顔を見せていた。

「とにかく、飯倉薫さんについては、本当に何も知らないも同然なんですよ、
 なんてったってわたしの場合……」

 ――その日、初めてお会いして……。
 
 そう続けようと思ったのだ。

 ところが中津がいきなり豹変する。
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