第4章 危機 -  加治靖男(2)

文字数 1,058文字

               加治靖男(2)


「これで武井さん、あんたも、オシマイだね……」

「何がオシマイなんだ! いいから! 早くそこをどけ! 」

 武井がそう言って、肩口につかみかかる。

 加治は一向に動じることなく、

 その目だけを動かし、ある1点を見つめた。

 するとすぐ、武井もそれに気が付き、慌ててその手を引っ込める。

「袖口が凄いことになってますね? それって、もしかして血ですか? 」

 そんな問い掛けに、もちろんそうだとは答えられない。

 途中公園のトイレで手を洗い、

 シャツやズボンに付いていた血はほとんど落としたはずだった。

 ところがジャケットで隠れていたシャツの袖口に、

 かなり目立つ赤黒いシミがこびり付いている。

「やっぱりそうなんだ。わたしね、ちょっとしたアルバイトでここにいるんで
 すよ。直通エレベーターのパスカードを貰って、社長、あなたとお話しする
 ために、ここでいらっしゃるのをずっと待っていたんです……」

「アルバイト!? パスカードを貰ったって、いったい何の話だ!? 」

「さあ、わたしにもよくは分からないんですよ。退職後すぐ、うちに電話が掛
 かって来たんです。今日ここにあなたが来るから、ちょっとお相手をするだ
 けで大金をくれるってね……」

 そこで一旦言葉を止めて、
 
 加治は武井の顔を窺うような素振りを見せた。

 そして、武井の怯えるような表情に満足したのか、

 さらに明るい声で話を続ける。

「実はさっきまでは半信半疑だったんですよ。でも、本当にあなたは現れた。
 それにですよ、聞いていたように真っ青な顔をして、袖口に血まで付けてく
 るんだから……」

 ――ねえ、いったい何をしてきたんですか? 

 ――まさか、人を殺しちゃったとか? 

 戯けるように続いた問い掛けは、

 武井の耳に、その半分も届いてはいなかった。

 ――パスカードを貰ってアルバイト? 

 ――すべてが教えられた通りって? 

 ――それっていったい……どういうことだ!? 

 少なくとも、彼が理解できたのは、加治が誰かの指示によってここに現れ、

 武井自身もそいつの思惑通りに、

 ホイホイここまでやって来たということだった。

 その結果、加治が受け取るという報酬とやらは、

 まさか! 

 と思うくらいに、高額なんだと彼は言った。

「それにね、そんなのはわたしだけじゃないんですよ。今日、あなたをえらい
 目に遭わせたやつ、ほら、あなたが罠を仕掛けて首にしちゃった……名前は
 忘れちゃったけど、確か、経理部長だったんでしょ? 彼……なんて言った
 かなあ? 」
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