第9章 喪失 - 別荘〜新たなる真実(3)
文字数 1,143文字
別荘〜新たなる真実(3)
武井の母親が隠し通してきた真実、それが優子へと話されたのは、
別荘へやってきてそれほど経っていない頃のこと。
はじめの数日こそ何も話せなかった良子も、優子の途切れぬ声掛けに、
1週間もするとそれなりの反応を返すようになっていた。
さらにひと月も過ぎた頃には、
こちらの言うことをほぼ理解できるまでになる。
もちろん物忘れも酷く、
チンプンカンプンなことを口にするなどしょっちゅうだった。
しかし昔のこととなると、
まるで健常者のようにしっかり話すことができたのだった。
きっと良子は目の前にいる優子を、
自分の息子の妻と認識していなかったのだろう。
もしかすると知ってはいても、話してしまうという危うさ自体、
忘れ去っていたのかも知れない。
隠し通してきたという事実さえ、恐らくは覚えてはいなかったのだ。
「全部、おまえの親父のせいなんだ。おまえのじいさんを破産させたのはな、
おまえの親父さんなんだよ。わかるか? おまえは本当の親父の姿を知らな
いんだ。どうしようもなく最低で、デカいこと言っては借金作って、借金だ
けならまだしも、おまえとおんなじで、外には女がいたんだよ! 」
「いい加減なことを言うな! そんな馬鹿な話、誰が信じるもんか!? 」
「馬鹿なこと? 馬鹿なこと言ってきたのはおまえの方だろう? 何が母親に
嫌われてるだ……飛んだ笑い話だな。お袋さんの苦労も知らないで、さんざ
ん働かせた挙げ句、病気になれば施設に放り込んで、自分はのうのうと女遊
びときてやがる。やっぱり、最低の父親を親に持つと、その子も最低の男に
なるもんなんだな! 」
「いい加減にしろ! それ以上言うと……」
そこで武井の手にある鉄串が、再び岡島へと向けられた。
しかし岡島はまるで怯むことなく、さらに強い口調で言い放った。
「おまえのお袋さんはな! おまえの大好きな親父に殺されかけたんだぞ!
無理心中ってのは、おまえの親父が図ったことなんだ! 」
「嘘だ! 真っ赤な大嘘だ! 」
「違う! 真実だ! 中学に上がってすぐ、お袋さんが入院しただろうが!
まさか忘れちまったのか!? この間抜け野郎! 」
――違う! 親父は俺が小学生の時に死んだんだ!
――だから俺は、母親と一緒にアパートへ……。
すぐに浮かんだそれらの言葉が、なぜか声にはならずに儚く......消えた。
――死んだから……じゃないのか?
あの頃、父が亡くなったと誰から聞いたのか、
彼はそれさえも思い出せない。
――じゃあ、あの骨壺は……?
よくよく考えてみれば、離婚してしまった男の骨を、
部屋の隅に放り置いたりするものか?
――すべては俺の、勝手な妄想だって……ことなのか?
武井の母親が隠し通してきた真実、それが優子へと話されたのは、
別荘へやってきてそれほど経っていない頃のこと。
はじめの数日こそ何も話せなかった良子も、優子の途切れぬ声掛けに、
1週間もするとそれなりの反応を返すようになっていた。
さらにひと月も過ぎた頃には、
こちらの言うことをほぼ理解できるまでになる。
もちろん物忘れも酷く、
チンプンカンプンなことを口にするなどしょっちゅうだった。
しかし昔のこととなると、
まるで健常者のようにしっかり話すことができたのだった。
きっと良子は目の前にいる優子を、
自分の息子の妻と認識していなかったのだろう。
もしかすると知ってはいても、話してしまうという危うさ自体、
忘れ去っていたのかも知れない。
隠し通してきたという事実さえ、恐らくは覚えてはいなかったのだ。
「全部、おまえの親父のせいなんだ。おまえのじいさんを破産させたのはな、
おまえの親父さんなんだよ。わかるか? おまえは本当の親父の姿を知らな
いんだ。どうしようもなく最低で、デカいこと言っては借金作って、借金だ
けならまだしも、おまえとおんなじで、外には女がいたんだよ! 」
「いい加減なことを言うな! そんな馬鹿な話、誰が信じるもんか!? 」
「馬鹿なこと? 馬鹿なこと言ってきたのはおまえの方だろう? 何が母親に
嫌われてるだ……飛んだ笑い話だな。お袋さんの苦労も知らないで、さんざ
ん働かせた挙げ句、病気になれば施設に放り込んで、自分はのうのうと女遊
びときてやがる。やっぱり、最低の父親を親に持つと、その子も最低の男に
なるもんなんだな! 」
「いい加減にしろ! それ以上言うと……」
そこで武井の手にある鉄串が、再び岡島へと向けられた。
しかし岡島はまるで怯むことなく、さらに強い口調で言い放った。
「おまえのお袋さんはな! おまえの大好きな親父に殺されかけたんだぞ!
無理心中ってのは、おまえの親父が図ったことなんだ! 」
「嘘だ! 真っ赤な大嘘だ! 」
「違う! 真実だ! 中学に上がってすぐ、お袋さんが入院しただろうが!
まさか忘れちまったのか!? この間抜け野郎! 」
――違う! 親父は俺が小学生の時に死んだんだ!
――だから俺は、母親と一緒にアパートへ……。
すぐに浮かんだそれらの言葉が、なぜか声にはならずに儚く......消えた。
――死んだから……じゃないのか?
あの頃、父が亡くなったと誰から聞いたのか、
彼はそれさえも思い出せない。
――じゃあ、あの骨壺は……?
よくよく考えてみれば、離婚してしまった男の骨を、
部屋の隅に放り置いたりするものか?
――すべては俺の、勝手な妄想だって……ことなのか?