第8章 収束 - 終演へ

文字数 1,161文字

                  終演へ


「というわけで、今から警察に行かなきゃならない。俺はぶん殴っただけで、
 殺人を犯したわけじゃないから、こうなった経緯を話したらすぐに帰してく
 れるそうだ。とにかく、そっちに駆け付けるまでなんとか持たせといてく
 れ! それからな、俺が遅いからって、くれぐれも変な気だけは起こすな
 よ」
 
 宇佐美は携帯を手に麻衣へそう告げると、

 その側に停まっていたパトカーに乗り込んだ。

 パトカーの中から見えるのは、

 所々に点在する家々の明かりと、後は何もない......深くて暗い闇だけ。

 彼はふと、東京で働いていた頃よく目にしていた夜景と共に、

 ある夜の出来事を思い出した。

 その頃、毎日のように夜中まで残業で、

 そんな時間になっても、遠くまで広がる夜景はいつも光り輝いていた。

 しかしそんな輝きとは裏腹に、彼の心と身体は日に日に疲弊していく。

 だからといって、妻の知り合いの口利きで手に入れたこの再就職先を、

 宇佐美は簡単に辞めるわけにはいかなかった。

「ここはおまえの寝室かあ!? 」

 そんな声が聞こえたのは、後頭部に激しい痛みを感じる直前のこと。

 3日目連続となる深夜残業の最中、

 彼はパソコンのキーボードに突っ伏し、眠ってしまっていたのであった。

「すみません! 」

 そう言って思わず振り返ったその先に、

 初めて面と向かう社長の姿があった。

 28階にある社長室からどうして、

 25階にある営業部に降りてきたのか、それは未だに分からない。

 とにかく後頭部を思いっきり引っ叩かれ、

 その痛みに耐えながら声にした後すぐ、

 社長は何も言わずに歩き去ってしまった。
 
 そして数日後、彼は上司からいきなりの退職勧告を受け、

 そのひと月後には、東京を離れることを決意する。

 ――あの野郎……。

 未だ夢に見る鬼のような形相が、

 ウインドウから覗く闇の中に浮かび上がった。

 ――もしあいつが酒屋で、

 ――持っていた金の少しでも……あの子に差し出していれば……。

 そんなことを今さら思っても、由岐が生き返るわけじゃない。

 同時にそうも考えながら、ウインドウの外にある闇の中には、

 いつまでも武井信の顔が浮かび上がっているのだった。

 それから優に3時間は拘束され、

 宇佐美は2時間以上遅れてスナックへと辿り着く。

 その3時間の間には、計画外の出来事があまりにたくさん起きていた。

 朝から下げておいた臨時休業の札を、武井が現れる寸前だけ一時外し、

 入店後またぶら下げておけば、

 それ以降、スナックには誰も入ってこないはずだった。

 ところが……、

「ほら、臨時休業の札が掛かってたぜ、相変わらずそそっかしいなあ……」
 
 そう言いながら、西田酒店の主人が店内に顔を覗かせ、

 麻衣はそこで初めて、自分の大失敗に気が付いた。
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