第2章 罠 - 写真(3)

文字数 1,536文字

 ――どうして……こんなものがここに……? 

 何がなんだか分からなかった武井も、

 その瞬間、優子の行動の意味を理解する。
 
 さらに、手にあった封筒から、何かがバラバラと滑り落ち、

「いったい、どこのどいつがこんな写真を!? 」

 目の前に散らばった驚きの光景に、彼は何度もそんな大声を上げた。
 
 そして怒りに任せて導き出した答えが、柴多芳夫ということになる。

 しかし、会社に向かう車の中で、

 武井のそんな確信もどんどん揺らぎ始めた。
 
 柴多は家に上がれと言っていた。

 本当に柴多の仕業であれば、何を言い出すか分からない武井を、

 女房の前などに連れて行こうとするはずがない。

 では……いったい誰が……? 
 
 柴多でないとするなら、彼を陥れることによって得をする人物とは? 

 武井の脳裏に、次々と重役たちの顔が浮かんでは消える。

 しかしどいつもこいつも、
 
 勝負を挑んでくるほどの強者には到底思えなかった。

 とにかく、それは見事に詳細かつ赤裸々な調査報告書。
 
 ここ3ヶ月に亘る武井の行動が、

 ある限定的なシーンに限って克明に記され、

 鮮明な写真がご丁寧に1枚1枚添付されているのだ。

 さらにその袋には、ファイルに貼付けられているもの以外にも、

 サイズがバラバラの100枚近い写真が無造作に放り込まれていた。

 そんな写真の中で、武井は常に若い女性と一緒だった。
 
 それは彼の車の中や、高級レストランで向かい合うシーンなど、

 すべて2人の姿がアップで写し出されている。

 さらにその中に1人だけ、

 とりわけ数多く姿を見せる飛び切り美しい女性がいた。

 その女性との写真こそが決定的なもので、

 それに比べれば他のものはある意味、

 どうってことのないものだと言えるのだった。

 彼女の写っている写真だけ、すべて情事の最中に撮影されていたのだ。
 
 それはベッドシーンだけに留まらず、

 シャワーの最中やソファの上でのことであったり、どう考えても、

 室内に仕掛けられたカメラで撮影されたとしか思えない。

 ――ここまで来たら、犯罪だろうが……!?  

 盗撮以外の何ものでもないそれら写真が、

 今、猛スピードで走る車の助手席に無造作に放り置かれていた。

 ――くそっ……どうやったらこんな写真が撮れるんだ!? 

「ちくしょう!! 」

 武井はそんな声を上げ、助手席の写真に右手拳を振り下ろす。

 その反動で、何枚もの写真が少しだけ宙に浮いた。

 ハンドルが多少左に流れる。

 いかん!

 それは本当に、微かなる危機感に過ぎなかった。

 ただちょっとだけハンドルを戻さねば、彼は軽くそう感じて前を向く。

 そして再び、視線が前方へと戻った時、

 ――あ……。

 思念にもならない一瞬の驚き……。

 続いて、照明が切れたように辺りがふっと暗くなった。


                *


 〝おい、これはいくらなんでもやり過ぎだろう? まだまだ先は長いんだ
  ぜ……〟

 〝違いますって! まだやってませんよ! 信号が赤になったんです! だ
  から、普通にブレーキ踏んだだけですって!〟 
 
 〝じゃあどうしてぶっ込んできたんだ?〟 

 〝そんなこと知りませんよお! すぐにでも死にたくなったんじゃないです
  か?〟 

 〝とにかく救急車だ……くそっ、参ったなあ……〟



  そんな声が、微かに武井の耳にも届いていた。

  しかしそれもすぐに聞こえなくなり、

  彼は深い闇の世界へと滑り落ちていった。
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