第4章 危機 -  中津道夫(4)

文字数 999文字

              中津道夫(4)


「ここでって? うちの会社でですか!? 」

「そう、派遣社員らしいんですがね、今年の3月から働いていたんですよ。勤
 務状態も、行方不明になるまでは良好だったって、さっきお宅の総務部長さ
 んが教えてくれましたわ」

 ――うちの派遣社員……そんな女性がなぜ、

 ――あんなパーティーに出られたんだ? 

 ――それにじゃあ、あの豪邸はいったい!?

 それは咄嗟に浮かび上がった疑念だった。

 そして再び、あの老婆が話した言葉が、

 彼の頭の中でぐるぐると回り始める。

 ――真っ赤なワンピース姿の女が、
   あんたに殺されたって言ってくるんだよ……。

 手足は焼かれ、最後は気がふれたようになって死んだ。

 きっとそんなことも、紛れもない事実なのだろう。

 ――俺が殺したわけじゃない! 俺は殺してないじゃないか!?

 そんなことを思いながらも、

 武井は老婆の言葉すべてを、ここでやっと信じる気になった。

 そして武井がさっき感じた疑念を、中津も同様に口にするのだ。

 「お宅のいち派遣さんが、着飾ってなぜか社長さんと同じパーティーに出席
 していた。もし彼女をご存知なかったとおっしゃるなら、どうして彼女は、
 あんな場所に入れたんですかね? パーティーの出席者を調べさせました
 が、それなりの面々ばかりだそうじゃないですか? それにね、彼女天涯孤
 独なんですよ。幼い頃両親に死なれて、ずいぶんと苦労してきたらしい。そ
 んな女性が、たかが派遣社員の給料で、とても住めるようなマンションじゃ
 ないんだ。誰かから援助がなきゃ、家賃だって払えやしない。どう考えたっ
 ておかしいでしょ? それにね、それだけじゃないんだ。あなたを疑わざる
 を得ない証拠が、残念ながらもう1つあるんですよ……」

 まるで残念がっていない表情で、中津はそんなふうに言ってくる。

 そして傍らにあった古ぼけた革バッグから、

 何やら透明なビニール袋を引っ張り出した。

 彼は結び目を丁寧に解くと、

 おもむろにその中身をテーブルの上にぶちまけ、

「これなんですけどね、こんなものが13枚、彼女の口にねじ込まれていたん
 ですよ……」

 そう言いながら、

 散らばったものを......1枚1枚並び揃えていくのだった。
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