第5章 迷路 -  絆(2) 

文字数 694文字

                  絆(2)


 包丁が、突き刺さっていた。

 驚きの声を上げ、

 目を見開く西田の脳天へと、

 まっすぐに洋包丁が突き立てられたのだ。

 真っ赤な液体がどくどくと流れ出し、

 包丁が引き抜かれた瞬間、その頭上へと血しぶきが飛んだ。

 カウンターに突っ伏している西田は血塗れで、

 あっという間に、

 驚いて店から逃げ出そうとした客の背中へも包丁がめり込む。

 残っていたふ2人の客は逃げ道を失い、

 腰を抜かしたように立ち上がりもしなかった。

 ――俺は……逃げなくていいのか? 

 武井は落ち着いた気分で、なぜかそんなふうに思っていた。

 気分は完全なる傍観者で、

 さらには、返り血で血塗れとなっているママを見やり、

 ――俺は地元の人間じゃないから……

 ――このまま座ってたって、きっと大丈夫……。

 自信たっぷりにそう思うのだ。

 気が付けば、店の中に動く者の姿は既になく、

 ――これで……終わった……。

 そんな安堵感を抱いて、

 武井はジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。

 すると突然、彼の眼前に血だらけのママの顔が現れる。

 けれどやっぱり驚きさえなく、

 武井がただ笑顔だけを向けると、彼女も満面の笑みを浮かべ返し、

「あんたも、あの酒屋にいたんだって? それじゃあ……西田さんと同罪だね
 えええ? 」
 
 そう言いながら、包丁を武井の頭上へと振り上げるのだった。

 ――違う! ただ居合わせただけで、俺はなんにも悪くない! 

 〝殺される!〟 

 彼はそこで初めて、最大級の恐れを身体中に感じた。

「わあああっ! 」

 叫んでいた。

 声を限りにそう叫んだ瞬間、

 彼は思わず目を開けたのだ。
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