第4章 危機 -  不思議な再会(2) 

文字数 877文字

            不思議な再会(2)


 武井は次々と蘇る記憶に苛立ち、身体を擦る手により力が入った。

 しかしいくら擦っても、臭いはなかなか消えてはくれない。

 それでも身体中にトアレを振り撒き、彼はなんとか平常心を取り戻す。

 ところがリビングルームに入ると……、

「くそっ、まただ……」

 また、あの囁き声が聞こえてくる。

 さらに......いつもなら、すぐに収まるはずが、

 今度ばかりはいつまで経っても途切れなかった。

 これまで武井は、いくらその声が聞こえてこようとも、

 敢えてダイニングルームへは近付かなかった。

 万一あの女が立っていて、口をぱくぱくさせていたらと思うと、

 とても足を踏み入れようなどとは思えなかったのだ。

 ところが、この日はまるで違った。

 これまでの恐れが嘘のように消え去り、ただただ怒りの炎だけが燃え盛る。

 ――こんな馬鹿なことが、現実であるはずがない!

「出て来い!この野郎!いったい何のためにこんなことをしているんだ!」

 この茶番を仕組んだであろう誰かに向けて、

 武井は声を限りにそう叫んだ。

 そして、

 リビングのテーブルに置きっぱなしだったチーズナイフを手にする。

 それは業務用の最高級品で、

 刃渡り18センチはある充分凶器となり得るもの。

 彼は今一度その握りを確かめると、

 そのままダイニングルームに向かって進んだ。

 しかしキッチンテーブルが遠くに見えた瞬間、彼の足はぴたりと止まる。

 やはり女がいたのだ。

 テーブルの前にひっそりと佇み、武井を睨み付けながら立っている。

 ――やっぱり、おまえの声なのか?

「お願い……助けて……」

 再びそんな囁きが、不思議なほど近くから聞こえた。

「いい加減にしろ……」

 彼は深く沈んだ声を出し、手にあるナイフを握り締める。

 次第にその目に力が宿り……知らぬ間に、足が動いた。

「うわあああああ! 」

 大声を出し、

 お願い……。

 そう呟いているのだろう女へと、
 
 彼はただ一直線に走った。

 ………!!

 鈍い音、そして、不可解な手応えを感じる。

 ――嘘、だ……。

 なぜだかふっと、そんな風に思った。
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