第2章 罠 - 侵入者(3) 

文字数 1,594文字

               侵入者(3)


 そして、ようやく落ち着きを取り戻したのが1時間ほど前で、

 最初に収穫できた野菜を真っ先に届けると約束し、

 彼は笑顔を見せて帰っていった。

 ――わたしだって……あと10数年で、矢島さんと似たような歳になる。
   わたしはそんな年齢になるまで、ずっとここに、
   ひとりっきりのままいるのだろうか……?

 ふと浮かんだそんな思念が、優子が二十歳だった頃、

 不意に言われたある一言を思い出させる。

「あんなやつと付き合うって、いったいどういうこと? あいつは、人のこと
 なんてどうだっていいやつなんだ! あんなやつと付き合ったって、いいこ
 となんて絶対にないよ!? 」

 きっと優子を好きだったに違いない青年が、

 顔を真っ赤にしてそんなことを言ってきた。
 
 しかしそんな思い出が蘇ったからといって、

 もう一度やり直せるはずもない。

 だからつい揺らぎそうになる決意を、

 優子は今一度しっかり心に刻み込んだ。

 ――もう、後戻りはできないのよ……。

 そんな思いを胸に、彼女は姿勢を正し正面を見据えた。

 するとその時、めったに点くことのない警告灯が、

 赤く点滅しているのが目に入る。

 それは今まさしく、敷地内に何者かが侵入したという印。

 それがたとえ人間以外の仕業だとしても、

 屋敷にまで入り込めば警報音が鳴り響き、警備会社へ緊急信号が送られる。

 過去に1度、その警報を耳にした優子は、

 音の大きさに腰を抜かさんばかりに驚いた。  
 
 ――お願い、どうか鳴らないで! 

 だから侵入者どうこうよりも、優子は素直にそう思う。

 その時不意に、窓の外を誰かが横切ったような気がした。

 もしそれが武井であれば、車が門を過ぎたところで、

 自動的に警戒状態が解かれているはず。

 しかし警告灯は消えてはおらず、規則正しい点滅を未だ続けているのだ。

 間違いなく、敷地内に何かがいた。

 門柱に設置されたモニター付きドアフォンを無視して、

 さらに入り込んだ誰かは(それが人間であればだが)、

 玄関チャイムも鳴らさずどこかにじっと潜んでいるのだろうか? 

 本当ならこんな場合、即座に警備会社へ連絡するよう言われている。

 けれど今夜に限っては、何人も現れるだろう警備の人間と、

 顔を合わせる気分にはどうしてもなれなかった。

 優子は自ら玄関まで行き、庭に設置された常備灯をすべてオンにする。
 
 それから壁に埋め込まれたモニターに顔を近付け、

 少しだけ明るくなった庭の様子を凝視した。

 しかし5つのカメラ画像を目を皿のようにして眺めても、

 何もおかしいところなど見つからない。
 
 とうとう彼女は、セキュリティシステムを自ら解除して、

 自分の目で確認しようとまで思うのだった。

 ここはニッポンなのよ。

 ハリウッド映画のようなことが起こるはずがないじゃない! 
 
 と心に念じ、自ら玄関扉を開けていく。

 すると突然、パン! という音がして、優子の心臓は悲鳴を上げた。

「誰!? 」
 
 思いきって声を出し、と同時に扉を力一杯押し開く。

 ――誰よ! 誰かいるの? 
 
 心の中でそう叫び、キョロキョロと目だけを動かし様子を見るが、

 目の前にあるのはいつもの見慣れた光景だけ。

 ところが足を一歩踏み出して、足元に置かれた分厚い封筒に気が付いた。
 
 A3サイズは優にあり、手に取ってみると予想した以上にずっしり重い。

 さっき矢島を送り出した時には、

 決して......こんなもの置かれてはいなかった。 

 間違いなく誰かが、

 ここ1時間のうちに置いていったということだった。
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