第3章 恐怖 – 老婆(3) 

文字数 1,005文字

               老婆(3)



「ほお、あんたにも、見えるのかい? あのかわいそうな姿がさ……」

 宮川の顔が一気に強ばり、老婆のことを睨みつける。

 そんな宮川の様子に、

 老婆はさらに愉快げとなった顔を近付け、

 「見えるんだろ?」と囁いた。

 その途端、彼は老婆からパッと手を放し、

 なぜか悲しげな顔を武井へ向ける。

 そして軽い会釈をしたかと思うと、

 そのままスタジオから逃げるように出ていってしまった。

 その間、何事が起きているのかまるで理解できずに、

 武井は遠ざかる宮川の背中をただじっと見つめていた。

 しかし次に放たれた老婆の一言によって、彼はそれからもうしばらく、

 老婆と同じ空間に身を置くことになるのだった。

 「薫って言ったっけねえ! あのかわいそうな娘さんの名前はさあ! 」

 既にスタジオから出ていた宮川にも、

 きっとその声は確実に届いたに違いない。

 年齢に似合わぬドスの利いた大声で、

 なんと老婆は、間違いなく

〝薫〟

 という名前を口にしていた。

 そして、そんな騒動から10分くらいが過ぎた頃、

 武井は充分浮かぬ顔を見せ、ジム内にある喫茶スペースの中にいた。

 老婆を真向かいの席に座らせ、席についてから5分ほど待たされた後、

 2つのコーヒーカップがテーブルの上に置かれる。
 そうしてやっと、武井は老婆に向けて重い口を開くのだった。

「で、さっきのはいったい……どういう意味なんです? 」

「それはあんたが一番分かってるんだろう? ちゃんと身に覚えがあるはずな
 んだからさ……」
 
 武井の平静を装った声に、

 老婆は見透かすような目付きでそんなことを言ってくる。

 彼女はスタジオに現れた時、彼の耳元で言っていたのだ

「真っ赤なワンピース姿の女が、あんたに殺されたって言ってくるんだ
 よ…… 」

 ほら、あんたも知ってる娘だろ?
 
 そう呟いて笑っていた老婆は、今度は武井の肩口辺りに目を向け、

 さらにおかしなことを言い始めた。

「今だってほら……すぐそこであんたを睨んでいるじゃないか? 感じないの
 かい? さっきだって、あんたがヒーヒー言って鍛えてるのを、あの娘はち
 ゃんと見てたんだよ。てっきりわたしは、もう気付いてると思ってたんだけ
 どねえ……」
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