第3章 恐怖 – 飯倉薫(6)

文字数 770文字

                 飯倉薫(6)


 どのくらい走ったのか?

 ふと気が付くと、後ろにいたはずの薫の姿が見当たらない。

 え!? と思ったその時、

「ちょっと待って……」 

 息も絶え絶えといった感じで、震える声が微かに響いた。

 武井は即座に足を止め、ぜいぜい喉を鳴らしながら辺りの様子を窺った。

 どうやら、追って来てはいないようだ。

 爆発音も4度目は聞こえなかったし、

 その気ならば、もう間違いなく追いつかれていただろう。

 きっと薫を捕まえるか殺すかより、

 もっと大事な目的があったのだろうと、武井は少しだけほっとする。

 そうしてやっと、武井が足早に来た方に戻ると、

 薫は大きな樹木にもたれ掛かり、死にそうな顔で座り込んでいた。

 傍らには、元は白かったジャケットが放り置かれ、

 彼女は真っ赤なワンピースから、

 美しい脚をこれでもかというくらい露にしている。

 武井はそんな薫に見入りながら、頭ではまったく別のことを考えていた。

 ――いったい、あいつらは何者なんだ?

 そこらにいるヤクザものに、

 グレネードランチャーが簡単に扱えるはずもなく、

 1発でヘリコプターを爆発させる輩がそうはいるとも思えない。

 ――もしかしたら、あれは、日本人じゃないのか……?

 そう思った途端、武井はさらなる恐怖に縮み上がった。

 戦後の混乱期に起きていた隣国での悲惨な出来事を、

 彼は亡き父からずいぶんと聞かされていたのだ。

 彼の父親は満州で生まれ育ち、

 戦後、日本へ逃げ帰る途中、両親を共に失った。

 特に母親の方の死に方は残酷で、

 そんな死に様を、彼は小さい頃から嫌というほど聞かされ、

 充分その恐ろしさを脳裏に焼き付けていたのである。
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