第6章 反撃 - 追跡(2) 

文字数 1,120文字

              追跡(2)


 武井は少し離れたところから、しばらくマンションの様子を窺った。

 しかし一向に、警察の存在は感じられない。

 日差しは暖かく、シャツ1枚で怪しまれる天候じゃないのも幸いだった。

 彼は大きく息を吸い込み、身を潜めていた物陰から勢いよく飛び出す。

 多少早足であったが、平静を装いマンションへ一気に近付いていった。

 ドキドキしながら暗証番号を入力。

 幸い変更などされておらず、

 1発でエントランスに入り込むことができた。

 ポストの中から、磁石で張り付けてあったカードキーを取り出し、

 そこでやっとほんの少しだけほっとする。

 それから美咲の部屋まで、胸の高鳴りを身体中に感じながら進んだ。

 そして幸運にも、誰に出会うことなくエレベーターを降り、

 武井は美咲の部屋の前に立つことができる。

 後はカードを翳して、さっさと中に入ってしまうだけ……のはずだった。

 ところがその時、扉の向こうからカチャカチャという音が聞こえてくる。

 それは明らかに、誰かがドアチェーンを外そうとしている音だった。

 ――誰かいる!?

 彼は慌ててドアからその身を離し、そのまま奥に向かって歩き出す。

 そして、背中から伝わる物音すべてに全神経を集中させた。

 すると妙に甲高い男の声で、

「頑張ってな、俺は先に別荘に行ってるから……」

 ドアの開く音に続きそんな言葉が聞こえ、

 気が付けば思わず振り返り、武井は声の主の姿を見つめていた。

 さらに武井が振り返ったその時、

 「もう少しで打ち上げだな、それじゃあ、またあとで! 」

 手を振りながらそう言って、男がニヤッと笑ったのだ。

 ――あいつ、まさかあの時の!? 

 すぐまた前を向き、

 再び歩き出した武井の脳裏に、

 男のニヤついた横顔が焼き付いて離れない。

 背はかなり低く、1メートル50センチがやっとという感じで、

 ほんの一瞬ではあったが、男の口元から金色に輝く何かが見えた。

 あの日見知らぬ森で、

 パーティーで出会った女の声が微かに聞こえ届いた直後、

 生い茂る木々の前に男はいきなり現れた。

 そして、その瞬間の記憶の中にも、口元の金歯は確かにあった。

 ――あいつなのか?……あいつがあの時の!?

 もはや間違いなかった。

 はっきり思い出されたその顔が、ニヤつく横顔とリンクする。

 どうする? 

 このまま殴り掛かるか!? 

 次から次へと浮かぶ思念に、彼の足は知らぬ間に止まった。

 間違いなく、さっきまで男は1人ではなかった。

 玄関口に立つ誰か、恐らくは女に話し掛けていたのだ。 

 もしや……?

 ――美咲か!?  

 そんな名が浮かび上がった瞬間、

 ドアが閉められ、再びチェーンの音がガチャガチャと鳴った。
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