第4章 危機 -  臭気(2) 

文字数 1,036文字

                 臭気(2)


 「いい加減、乗り換えたらどうなんだ? それって〝いつかは何とか〟って頃
 のだろ? その型なら、もう30年近いんじゃないの? 」

「いいんだよ。俺ら世代には、俺らにしか分からない車への美学があるんだ。
 これは本当にいい車なんだぞ。だから、とことん乗り潰してやるつもりでい
 るよ、ま、言ってみりゃ、古女房みたいなものなんだよ……」

 そんなことを笑って返していた柴多は今、
 
 きっとどこか旅行にでも出掛けているのだろうか。

 武井は以前柴多に、秘書を通じて申し出ていたのだった。
 
 病院のベッドで目覚めてからそう経たない頃、
 
 柴多へ秘書から電話を掛けさせ、
 
 ――退職の話は、なかったことにしてやってもいい……。

 そんな武井の意思を伝えさせていた。
 
 ところがその答えとは、武井にとってまったく予想外のもの。

 ――いや……ありがたい話ではあるんだが……。

 会社に戻る気は一切なく、もう潮時だと言って譲らない。

 この際、会社人生とは縁を切って、

 これからは女房孝行でもすると、彼は明るい声でそう続けて言った。

 そうして柴多は、武井の示した条件をすべて受け入れ、

 一度も姿を見せないまま会社を去った。

「くそっ! どいつもこいつも! 」

 武井は思わずそう呟いて、

 柴多の駐車スペースから、自分の車に向かって足を2、3歩踏み出した。

 その時、どこからともなく異様な臭気が鼻を突く。

 慌てて後ずさり、ゆっくりと、

 そして顔を歪めながら少しだけ息を吸い込んでみた。

 すると微かだが、やっぱり嫌な臭いがする。

 武井は再び、手の届くくらいまで自分の車に近付いて、

 臭いの元がすぐ傍にあることを知った。

 彼はいきなりしゃがみ込み、車体の下に顔を突っ込み覗き込む。

 途端におぞましい臭気が襲い、

 彼は慌てて息を止めるが、既に吐き気が込み上げ、喉が震えた。

 武井が見つめる先には、確かに臭いの元であろう何かがあった。

 彼は吐き気を堪え、息を止めたままその先に手を伸ばす。

 どうにかこうにかその手が届き、手前にゆっくり引き寄せてみると、

 透明なビニール袋に、何か黒ずんだものがパンパンに入れられている。

 ――なんだ……これはいったい……!?

 武井は指先で結び目をつかみ直し、

 さらにゆっくり引きずり出した。
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