第9章 喪失 - 夢から覚めて(5)

文字数 502文字

               夢から覚めて(5)


 この時彼は、一瞬でこの一時の暗闇の意味を知る。

 夢であれば、絶対に覚めて欲しくなかった。

 されどこれがまこと......現実であるなら、

 たとえ、あの世のものだって構わないとまで瞬時に思う。

「優子……?」

 思わず、その名を呼んでいた。

 リビングの入り口に、死んだはずの優子が、立っていたのだ。

 彼女の両手は車椅子に添えられ、

 そこに座る母良子と共に、潤んだ目で武井のことを見つめている。

「優子……母さん……生きて、たのか……? 」

 そんな武井の声に応えるように、

 良子がほんのちょっとだけ笑ったように見えた。

「優子……どうして? 」

 再びの震える声に、優子の顔は微かに歪み、

「あなた……ごめんなさい……」

 そう言って、ゆっくり静かに頭を垂れる。 

「そうか……生きて、たのか……?」

「ごめんなさい……ほんとうに……」

「いや、いいんだ、良かった……生きててくれて、本当に良かった……」

 武井は涙を流しながら、ゆっくり歩み寄り、

 中腰になって車椅子ごとふたりを抱きかかえた。

 そして、膝を床に突き身体を震わせながら、

 2人への言葉を、嗚咽と共に漏らすのだった。
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