第9章 喪失 - 焦げた鎖(2)〜夢から覚めて

文字数 640文字

              夢から覚めて(2)


 ――生きてさえいるなら、

 ――頭でもなんでも下げてやり直したい、

 ――そう優子に頼んでみるんだ! 
 
 目を覚ました瞬間、浮かんできたそんな決意が、

 それはまさに、音を立てて崩れ去る瞬間だった。
 
 目に入る床、至る所に、靴のまま歩き回った跡があった。

 流れ広がっていたはずの血の跡は見事消え去り、

 乾き切った土だけが、幾重にも重なる靴跡を描き残している。

 そこからリビングに目を向けると、飾ってあった絵画が消え失せ、

 そうして現れた壁が大きくえぐり取られているのだ。

 恐る恐る足を踏み入れれば、本棚はひっくり返り、

 やはり現れ出た壁にも大きな穴が開けられていた。

 絨毯は捲り上がり、顔を出した床には散乱する書籍と、

 黒く固まった血らしきものが一面に広がっている。

 まさに、荒れ放題だ。

 きっとどこもかしこも、こんな具合になっているのだろう。

「好き勝手……やりやがって……」

 思わずそう呟いた武井だが、
 
 その目に滲んだ怒りの色もすぐに消え去り、
 
 涙がフッと溢れ出た。         
 
 飯田良子も山瀬美咲も生きていた。

 もちろんスナックで見たニュース映像は紛い物で、

 武井が警察に捕まることはないし、すべては圧倒的に向こうが悪い。

 本当であれば、今、この場で警察へ電話をすべきなのだろう。

 しかしそうしたところで、母や優子が戻ってくるわけではない。

 そう思うと、自分に降り掛かった悪夢を、

 誰かに話聞かせる気には到底なれなかった。
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