第2章 罠 - 憎悪(2) 

文字数 1,100文字

                 憎悪(2)


 武井は岡島の事務所を訪ねた日、

 その足で、山瀬美咲のマンションに向かっていた。

 間もなく正式に離婚することになると、すぐにでも直接伝えたかったのだ。

 しかし美咲はあいにく留守で、

 次の日も、またその次の日に尋ねても美咲は不在。

 それどころか、3日目にマンションから店の方へ回ると、

 彼女は既に辞めていて、その後の行方は分からないという。

 武井が不安に駆られていろいろ調べてみると、

 実家だという函館の住所もデタラメで、彼はそこでようやく、

 不動産屋からICカードキーを取り寄せ、

 多少の後ろめたさを感じながらも美咲の部屋へと入っていった。

 一見すると、
 室内は何の変化もないようだった。

 武井は玄関からすぐの寝室に入り込み、洋服ダンスへ手を伸ばす。

 ――なんだこれ……どうなってる?

 彼が手にした引き出しの中は、

 服はおろか糸くずさえ残されていなかった。

 買い与えていたテレビや家具は、皆彼の記憶の中にあるそのままだ。

 ところが冷蔵庫などは見事に空っぽで、

 山瀬美咲が存在したという痕跡がまるで見当たらない。

 2人で写した写真ほか、
 そんなものすべてが忽然と部屋から消え失せていた。

 ――もしかしたら、何か事件に巻き込まれたんじゃ? 

 そんな思いの裏側で、やっぱり、金だけが目的か? 

 そう思う武井がいないわけではなかった。

 しかしそうなら、
 美咲にとってまさにこれからという時に、いなくなるはずがないとも思う。

 何かきっと、武井に告げられない事情があったんだと、

 彼はマンション入り口が見通せる場所に車を停めた。

 そしてこの3日間、彼女の出現を待ち続けたが、

 いくら待っても美咲はついに現れなかった。

 ――あの女まで……俺を、裏切りやがった……。

 美咲によって和まされた武井の心に、再び大きな亀裂が入った。

 そこから涌き上がる憎悪は、

 時間の経過と共にどうしようもない程に膨れ上がっていく。

 それは彼の人格すべてを、10代の頃まで押し戻していくようだった。

 ――女なんて……みんな同じだ。

 ――いずれ……どいつもこいつも俺を裏切る!

 彼は中学生の頃には既に、こんな揺るぎない思いを胸に秘めていて、

 その根っこには、大好きだった父への深い愛情があった。

 さらに裏を返せば、愛する父を追い詰め、死へと追いやった......

 のかも知れない......母親に対する激情の存在があったのである。
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