第8章 収束 - 終演へ(2)

文字数 953文字

                 終演へ(2)


 ――ネオン、消してなかった!?

 さらに亭主からの電話で、由岐という少女の悲惨な事件を知ってしまう。

 目の前では、その原因となる西田がビールを美味そうに飲んでいるのだ。

「ねえっちょっと西田さん! 由岐ちゃんに売らなかったんだって!? 」

 その言葉を口にした途端、麻衣は武井の存在を一時忘れ去った。

 ――売らないで帰す……そんなことしたら……どんなことになるか……?

 いくらでも想像のつきそうなことだった。

 なのにどうして、こいつは恐れようとさえしないのか? 

 そう思うと、到底押さえ切れない怒りが込み上げてくる。

 どうしてくれようか? 

 そう思うと同時に、麻衣は思わず手元の包丁を握り締めた。

「ちょっと、それ何よ、ママ、いったいどうしたっ……」

 西田の声が恐怖に途切れる。

 その時、高々と掲げられた包丁が、

 いきなり彼の眼前へと振り下ろされたのだ。

 不思議なくらい音は立たず、

 カウンターの表面に刃先が少しだけ突き刺さった。

 麻衣はそうしてやっと己の行為の危うさに気が付き、

 武井の顔をチラッとだけ垣間見る。

 すると、武井は横を向きながらカウンターに突っ伏し、

 薄目で視線の先にある刃先を見つめているのだ。

 ――まずい! ここで逃げられでもしたら! 

 そんな恐怖に縮み上がった次の瞬間、

 武井はそのまま目を閉じてくれるのだった。

 麻衣はそれから、武井の存在を充分に意識しながら、

 由岐の身に起きた現実を、西田へと話し聞かせていった。

「お客さん、今晩、泊まるところがないんだって? 」

 だったら夜明けまで飲み明かそう――麻衣がそう声を掛けるのは、

 武井が目を覚まし、台本にある時刻よりさらに2時間近くも後のこと。

 それから麻衣は、武井が驚くほどのペースで酒を飲んだ。

 暗記した武井の趣味嗜好を次々と声にして、

 どんどん彼の心へと入り込んでいく。

 大声で笑い、それは本当に楽しそうに見えた。

 ところが本心は、

 もしこのまま亭主が帰ってこなかったらと気が気ではないのだ。

 ――台本通り2階に誘っても……止めに入ってくれる演者がいない……。

 とはいえ、今回の仕事だけは絶対に途中で放り出せない。

 薄汚れたスナックの改修費用を、

 彼女はどうしても手に入れる必要があった。
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