第4章 危機 -  加治靖男(3)

文字数 1,435文字

               加治靖男(3)



 まさしく挑発するような物言いに、

 武井はまさしくドンピシャなリアクションを見せるのだった。

「富田が、いったいどうしたって言うんだ!? 」

「そうそう富田富田、彼だってわたしと同じなんですよ。どんな手を使っても
 いいからって、とにかくあなたを糞味噌にしてくれってね、彼はそんな感じ
 の指示を受けてたんですよ……」

 だから富田は、まさしくその言葉通り、
 
 〝糞味噌〟を実行に移したのだろう。

「それできっと今頃……富田さん、祝杯でも挙げてるんじゃないかな? やっ
 と仕返しができたって、さぞ喜んでるんだろうなあ……」

 加治はそう言って遠い目を見せるが、
 
 すぐにまた武井へ睨み付けるような目を向けた。 

 5年ほど前、富田が目障りだった武井は、
 
 馴染みのホステスを使って彼への罠を画策した。

 もちろんそれは、からかい半分というところもあったのだが、

 その成果は予想を遥かに超えて、

 まさしく武井に最高の結果を生み出してくれた。

「あんたは富田さんに、書類を届けて欲しいって言ったんだよな。飲んでいた
 クラブで、それも普段あまり酒を飲まない富田さんが、結構酔っぱらった後
 にだ。何が社長室に忘れただよ。あんた、言ったらしいじゃないか? 忘れ
 てきた書類を、先方に朝一番に届けないと大変なことになるって。ところが
 次の日の朝、彼が吐きそうになりながら届けてみれば、なんてこたあない、
 まるで急ぎのものなんかじゃなかった……なあ、そうだったんだろう? 」

 その日、富田は社長から、入社以来初めて酒に誘われた。
 
 普段どんなにぶつかっていても、

 サラリーマンとして素直に嬉しかった彼は、

 その夜、注がれるままに酒を飲む。

 そしていきなり告げられた話すべてを信じ切り、
 
 さらにこうも言われるのだった。

「おまえ相当酔ってるからな、こいつをお目付役として付けるから、しっかり
 頼むぞ! 」

 ホステスを同行させるという武井の言葉に、
 
 はじめは富田もかなり戸惑った様子だった。

 それでもタクシーで身を寄せ、しっとりとした吐息を吹き掛けてくる女に、
 
 次第にまんざらでもない表情を見せ始める。

 車が本社ビルに到着すると、
 
 富田はホステスへ店に戻るように告げるのだった。

 ところが彼女は、
 まるで聞こえなかったようにさっさとタクシーを降りてしまい、

「ちゃんと書類を確保したのを確認し、社長へ報告する義務が、わたしにはあ
 りますから! 」

 おどけた顔をして、敬礼する仕草までをして見せる。

「それにほら……これがないと、社長室には入れませんよ」

 さらにそう言って胸を突き出し、

 こぼれ落ちそうな両乳房の間に指を差し入れ、

 小さなカードらしきものを引っ張り上げる。

 それを富田の方に向け、

「さ、行きましょ! 」

 と、ウインクをして見せてから、

 ほんの一瞬でカードを胸元奥にしまい込んだ。

 目を丸くしている富田を残し、さっさとビル裏口へと歩き出す。

 確かに、彼はエレベーター用のパスカードしか渡されていない。
 
 酔いも手伝い、
 その後に必要となるカードキーのことなど忘れ去っていた。

 とにかく、そのキーを女が持っているということは、
 
 それが社長の意思だということになるのだ。

 富田はやれやれと思いながらも、
 
 多少の高揚感と共に女の後を付いていった。

 そしてフラフラしながら到着した社長室で、

 彼はいつの間にか、

 ホステスの乳房に食らいついていたのである。
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