第3章 恐怖 – ワンピースの女(3)

文字数 837文字

             ワンピースの女(3)



 そして、その夜から、新たな不可解な現象も起こり始める。
 
 屋敷の至るところから、女の囁くような声が聞こえてくるのだ。

 それは武井がリビングにいようが、はたまた湯船に浸かっている時など、

 ふと気が付くと耳に入った。
 
 その囁きは長くは続かず、決まってほんの数秒で聞こえなくなる。

 彼はその都度耳をそばだて、声の出所を特定しようとした。

 ところがその声はあまりに小さく、

 まるで空間全体から響き聞こえるようで、

 どこから聞こえてくるのかがまったく分からない。

 そんなことが起こり始めて数日間、

 武井はその囁きに、声を限りに怒鳴り散らした。

「おまえは誰だ! 本当にあの女なのか!? だったら俺のところに出るなん
 ざ、お門違いだ! いい加減にしてくれ! 」

 天井や何もない壁に向かって、武井はひとりそんなことを叫び続ける。

 その声は、まさに不定期に囁かれ、

 忘れた頃になってふと気付くことが多かった。

 そのせいでひと月もした頃には、いつその声が聞こえてくるかと、

 さすがの彼も怯え始める。

 怒りや苛立ちは潮が引くように消え去って、

 小さな後悔を圧し潰すような恐怖心だけが残った

 やがて彼は、心の中だけで呟き祈るようになっていく。

 ――頼む、もう勘弁してくれ! 見捨てたわけじゃないんだ! 
 ――俺は悪くない! 
 ――悪いのはどう考えたって、あの男たちの方だろう!? 

 目の前に、女の姿が浮かび上がる度、

 彼は車の中からそんなことを念じた。 

 しかしふと現れるそんな姿も、屋敷に入りリビングから眺めれば、

 いつも必ずものの見事に消え去っている。

 そしてまた、ふと気が付けば聞こえてくるのだ。

「助けて……お願い……」
 
 それは切なく震えるように、

「お願い……お願い……」

 今にも消え入りそうな声だった。

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