第3章 恐怖 -    霊(2) 

文字数 1,047文字

                 霊(2)


 はじめは、彼の肩口からそっと顔を覗かせていただけ。

 それが背中を這い上がるように浮かび上がり、

 しまいには、肩口からその上半身が現れ出る。

 元は白かったろう服には、

 至る所に赤黒いシミがはっきりと見えるのだ。

 武井は、思わず辺りを見回す。

 が、さっきまでと変わらず、周りは和やかな雰囲気のままだ。

 もし、今目にしているものが現実なら、

 このパーティー会場は大騒ぎになっているべきじゃないのか? 

 もしや、俺は酔っている!?

 彼はそんなことを思って、己の頭を左右へと振った。

 その時、背後から女性の悲鳴が突然聞こえる。

 武井が声のする方に顔を向けると、陳社長が人波をかき分け、

 何人もの招待客とぶつかりながら走る姿が目に入る。

 そして、やはりそのすぐそばには、

 まるでロープで繋がれたように、離れ行かない存在があった。

 懸命に走っている陳社長の頭上で、

 常に一定の距離のまま、その身体を浮かせ漂っている。

 そんなものが、どう考えても人間であるはずがなかった。

 陳社長は出口扉まで走り、そのままの勢いで扉へとぶち当たる。

 ところがいとも簡単に撥ね返されてしまい、

 それからは、いくら押しても引いても、

 まるで鍵がかかったように扉は微動だにしないのだ。

 何事かと見守る好奇の目に晒されながら、

 陳社長の奮闘はしばらく続いた。 

 やがて、無理だと悟ったのだろう。

 突然、扉から背を向け何事かを叫ぶ。

 助けてくれ! 

 きっとそんな言葉を声にしたのだ。

 その声に会場内にもやっと、少しだけ異質な空気が広がり始める。

 彼はそのまま壁伝いに走って、

 2階の個室に向かう長い階段前で立ち止まる。

 一瞬、躊躇したように見えた。

 しかし恐る恐る後ろを振り返ってすぐ、

 陳社長は目の前の階段を、一気に駆け上がっていくのだった。

 その一連の出来事によって、

 武井はやっと少しだけ理解することができた。
 
 陳社長が扉と格闘していた時、

 その扉に女の姿がはっきりと映り込んでいたのだ。

 それは扉を開けさせまいとするかのように、

 扉の中で動かず、じっと社長の動きを睨み付けていた。

 そして、彼が扉に背を向けた瞬間、

 女の姿はフッと消え、再び陳社長の頭上へと現れ戻った。

 ――取り憑かれて……いるのか?
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