第4章 危機 -  中津道夫(5)

文字数 940文字

           中津道夫(5)

 一方、武井はそれを目にした途端、

 ――ダメだ! 慌てるな! 冷静でいろ!

 頭の片隅に、そんな思念が微かに浮かぶが、

「違う! 違うんだ! 」

 気が付けば心の本音が思わず声となっていた。

 彼女の口にあったもの。

 それはきっちりA4サイズの写真ばかりで、

 くるくると丸められてねじ込まれていたのだろう。

 それほど傷んだ様子もなく、そこに写り込んだものを確と伝えている。

 すべてに、武井の顔が写っていた。

 さらにどの写真にも、

 裸体であろう女の柔肌が執拗に絡み、

 艶かしく写り込んでいるのだ。

 けれど女の顔はどれもフレームアウトしていて、

 武井の顔だけにしっかりとピントが合っていた。

「ちょっと待ってくれ! この女は違うんだ! 彼女なんかじゃない! 」

 思わず立ち上がった武井の姿に、中津は一瞬笑ったように見えた。

「これは申し訳ない。この女性が被害者じゃないことは、こちらも分かってい
 るんです。あなたを基準にして見てみれば身長差は明らかだし、ほら、この
 写真なんて分かり易いんですが、被害者とは骨格が違い過ぎる。ただね、大
 事なのは、こんな写真がどうして存在するのか? まあ、こんなのが社長さ
 んのご趣味だったとしてもです。害者の口に詰め込むなんて理由が、どうし
 てあるのかが知りたいんですよ……」

 すべてが記憶にあるわけではなかったが、
 
 きっと皆、あの封筒に入っていたものなのだろう。

 武井の車から盗み出した誰かが、

 数ある中からこれらを選び出したに違いない。

「さあ、後はあなたの番ですよ。あのパーティーの夜、最上階のバーでいった
 い、何があったんですか? 今度こそ正直に、きちんと話して頂きましょう
 か……」

 それまで身を乗り出していた中津は、
 
 そこで少しだけ腰を上げ、今度は深々と座り直した。 

 もう武井には、嘘を吐く気力など微塵も残ってはいないのだ。

 下手な嘘を吐く以前に、自分は何も罪を犯してはいない。

 武井はそんな思いだけを胸に、

 彼の身に起きた事実すべてを......中津へと話し聞かせていった。

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