第9章 喪失 - 夢から覚めて(4)

文字数 837文字

                夢から覚めて(4)


 なんだ!! これ!? 

 武井はそこで目を見開き、思わずその場で立ち上がる。

 間違いなく、何かが起きていた。

 このリビングに、きっとまた誰かが忍び込んでいる。

 そんな恐怖に突き動かされて、彼は慌ててダイニングへと走った。

 天井一面に貼られたミラーガラスを見上げ、自分の姿を写し見る。

「どうして、俺はこんな格好を……? 」

 武井は驚きの声を上げながら、

 さらに両手を掲げ、己の腹を突き出すように仰ぎ見た。

 するとあろうことか視線の先で、

 タキシード姿の武井が自分のことを見下ろしている。

 さらにそれだけではなかった。

 ガラスに映る床はいつも通りで、記憶にある足跡などどこにもない。

 彼は慌てて顔を下し、さっきまでいたリビングへ目を向けた。

 すると消えていた絵画はちゃんとあり、

 剥き出しだった壁を塞ぎ隠している。

 ――俺は、いったい何を見ていたんだ!?

 もう何がなんだか分からなかった。

 ただとにかく、きっとまたあいつらが何か仕出かそうとしている。

 そんな確信が彼を支配し、

 先ほどまであった諦めの感情が、まるで嘘のように消え去った。

 ――タキシード姿で、俺に死ねっていうのか!?

「いい加減にしろ!! どうせどこかに隠れているんだろうが! さっさと出
 て来て殺せばいいだろう! 俺はもう何があっても、おまえらなんかの為に
 死んでなんかやるものか! 」
 
 きっと潜んでいるだろう誰かに向けて、

 彼は大声を上げそんな宣言を口にする。

 ところがだった。

 彼が続いて何か言い掛けると、いきなり部屋の照明がフッと消える。

 ――来た! 

 武井は思わず息を止め、

 次に起こるであろう何かに向けて全神経を集中させた。

 また薬でも嗅がせて、そのまま首つり自殺に見せかけるのか? 

 はたまた、性懲りもなく山奥へと連れ去って、

 今度こそ地中深く埋めてしまうつもりか? 

 ところが、そんな予想は完全に外れ、

 すぐにまた、照明が明るい光を放つのだった。
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