第3章 恐怖 – 夢か幻

文字数 1,120文字

                  夢か幻


「どうでしょう? この辺で、ちょうどひと回りしたことになります
 が……? 」

「そうか、じゃあ今度は、もう少し大回りしてみてくれるか? それでできる
 なら、もうちょっと高く飛んで欲しいんだ」

「分かりました。ただ高度の方は、これ以上は危険なんで、この辺で勘弁して
 下さい」

 人の好さそうな操縦士が、

 武井に向かって申し訳なさそうにそう言った。

 武井はあの夜、ヘリが飛び立った方向さえ分かっていなかった。
 
 だからパーティーのあったビルまで飛んで、

 そこから10分ほどのところを飛び続けて欲しいと頼んだのだ。

 しかしチャーターしたヘリが円を描くようにいくら飛んでも、

 あのどこまでも続くような森は姿を現さない。

 桁違いに大きい屋敷と広大な土地も、

 忽然と消え失せて、どうにも見当たらなかった。

 絶対に、30分ということはない。

 多少酔っていたにせよ、飛んでいた時間は10分程度のものだった。

 しかしそもそもそんな辺りに、あんな広大な森が存在するのか? 

 もしかすると、すべてが夢だったんじゃなかろうか? 

 そう思いたくなるほど、あの夜の出来事はその痕跡を残していない。

 ただ唯一、後頭部に残る若干の痛みだけが、

 武井にそうではないと言っていた。

 そもそも飯倉薫を誘拐し、身代金を奪うのが目的であれば、

 屋敷など襲う必要などまったくない。

 なのに彼らは、恐らくは彼女の両親を殺害し、

 ヘリを爆破させるということまでをやってのけた。

 ――怨恨か?

 きっと、あそこまでの財を築き上げるまでには、

 人に恨まれるようなことだって多々あったに違いない。

 そうであればなおさら、飯倉薫の命はないに等しいと言えるだろう。

 いずれ大々的に事件として報道され、もしかすると自分のところにも、

 新聞記者くらいは現れるかも知れない……。

 彼はそんなことを思って、

 ――俺があそこにいたっていう証拠が、どこかに残っているだろうか?

 と、細部まで懸命に思い出そうとする。

 しかしそれを証明できる人物は2人共死んでしまった。

 犯人一味が訴え出れば別だったが、そんなことは万に一つもあり得ない。

 そうして彼は、警察に届け出ずに、

 しばらく静観していようと心に決めた。

 ところが次の日も、そのまた次の日になっても、

 あの出来事を思わせる報道がまるで出ない。

 ――あれは、間違いなく現実だった。

 そんな思いに彼は、

 頭にある記憶を何度も何度も思い返してみるのだった。
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