第9章 喪失 - 別荘〜新たなる真実(5)

文字数 905文字

             別荘〜新たなる真実(5)


 すると途端、

 安物のシューズのゴム底が焼け焦げて、嫌な臭いを発する。

「くそっ! 」

 これまで何度、そんな言葉を口にしてきたのだろうか? 

 しかし今度ばかりは武井自身、

 何に向けての声なのかさえ分からない。

「くそっ……、くそっ! くそっくそっ!! 」

 ただとにかく、なんだか無性に腹が立った。

 腹は立ったが、

 その怒りをぶつける相手が見つからないのだ。

「くそっ! 嘘だ! 」 

 死ぬわけがない。

 だからどこかに逃げ出したはずだと、

 武井は辺りに隈なく目を配りながら、芝の上をフラフラと歩き出した。

 しかしそこは、全体を高い塀に囲まれてはいるが、

 その中は格段に見通しがいい。

 車椅子を押しながら、

 武井に見られずに逃げ果せるようなところではなかった。

 良子が、実の母親じゃない。

 ならば本当の母は、果たしてどこかで生きているのか? 

 彼はそんな実母のことが、不思議なほど気にならなかった。

 ただとにかく、どこかの女に生ませた子。

 そんな事実をひた隠し、

 良子は武井を見捨てることなく育て上げた。

 彼にとってはこれこそが、まさに驚愕の真実だった。

 そんな良子に対して、武井は幼い頃から我がままで、

 大人になってもあまりに冷たく接し過ぎた。

「……くそっ……」

 三たび漏れ出たそれは、これまでと違って突き刺すような響きではなく、

 震える吐息の中に......あっという間に消え去った。

「参った、降参だ……誰か、助けてくれ……」

 武井はそう言いながら膝を突き、両手を組んで天を仰いだ。

 そんな姿を、じっと見つめている人物がいた。

 彼は最後のワゴン車が走り去った後も、

 芝地に立ってずっと武井の様子を窺っている。

 彼の残された仕事は、武井への最後の審判なのだ。

 彼の判断次第で、武井の送るべき今後の人生が、

 大きく変わってしまうのかも知れない。

 しかしそんなこととは露知らず、武井はその存在に気付きもせずに、

 ただただ天を仰いで己の願いを声にしていた。

「頼む、もう一度やり直させてくれ……お願いだ……」

 それは誰に言うでもなく、

 まさに、天への言葉のように響き聞こえた。
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