最終章 回帰 - ラストシーン(2)

文字数 1,545文字

               ラストシーン(2)


「遅い遅い! 遅過ぎですって! もうみんな集まってて、残りは皆さんだけ
 なんですよ! 」
 
 会場入り口に立ち、そう言って笑う男の口元には、

 しっかりと金色に光るものが見え届いているのだった。
 
 そして、武井が押されるように会場入り口まで来ると、

 中津は武井に向かって、扉を押し開くジェスチャーをして見せる。

 武井が言われる通りに、震える手でゆっくり扉を押し開けていくと、

 瞬時に煌めくような光が彼の身体を包み込み、

 もの凄い拍手と歓声が響き渡った。

 あまりの驚きとその眩しさに、彼が思わず両手で顔を覆うと、

 まるでそれが合図となったように、

 潮が引くように拍手と歓声が鳴り止んだ。

 ふと気が付けば、武井は見事......静寂の中にいたのである。
 
 いきなりの静寂に再び驚き、

 彼はその手を外し、ゆっくり瞼を開いていく。

 すると想像を遥かに超える大人数を従え、

 武井の真正面に見知った顔が、ズラッと1列に並んでいるのだ。

 中央に矢島健介と柴多芳夫がいて、

 その並びには加治や富田らに交じって、車椅子の良子の姿もあった。

 そんな列の両脇に、さっきまで一緒だった優子や岡島らが加わって、

 皆一斉に武井のことをにやにやしながら見つめている。

 その後ろに控える大勢は、きっと全員劇団関係者なのだろう。

 皆一様にその場にじっと立ち尽くし、

 やはりほとんどの顔が笑顔を見せている。

 ただし、中津だけはそんな列には加わることなく、

 武井のすぐ後ろから、彼と同じ光景を見つめているのだ。
 
 そして、静寂となってひと呼吸の後、

 そんな中津が武井の耳元で何事かを囁いた。

「そう言えば、あなたがお付き合いしてた女性のお友達なんだけど、彼女らだ
 け、ここにお呼びしてないの、ごめんなさいね。あの人たちにも、ちょっと
 した脅かしをしてあったのよ。病室に面会に来れなかったのもそのせいなん
 で、だから本当なら、ここに参加する権利はあるんだけどね……」
 
 そんないきなりの声に、武井もやや横を向き、

 少しだけ驚いた表情を垣間見せた。

「でも、よかったわね、優子さん……今のあなたと、もう一度やり直してみる
 って言ってるわ。それでね、武井さん、これはおせっかいかもしれないんだ
 けど、優子さんの〝子供が欲しい〟っていう夢、叶えて差し上げたらどうか
 しら。実はね、うちの劇団が経営する総合病院がアメリカにあるんだけど、
 ここって多分、あらゆる方面で世界最高レベルだと思うの。だからどう? 
 そこで再生手術を受けてみない? もちろん、検査段階で無理って場合もあ
 るらしいんだけど、試してみる価値だけは、絶対にあると思うわよ」
 
 そう言って、中津は武井の背中へ手を添えた。

 そして、ふと思い出したように、

「あ、それからね、わたしたちの仕事にはアフターサービスってのがあるの。
 だから、忘れちゃダメよ……もし今度お会いするなんてことがあれば、いき
 なりラストシーンだった、なあんてことになっちゃうかも、知れないんだか
 ら……ね」
 
 そう続けて、武井の背中を力強く押し出した。

 武井は何歩か進んで立ち止まり、

 ひと呼吸置いてから後ろの方を振り返ると、

 中津に向かって深々と頭を下げる。

 そして、再び会場に向き直った武井に向けて、

 今度こそ本当に、

 割れんばかりの拍手と歓声が涌き起こるのであった。

                     
                        終

 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 罠 the trap 2015年 初版第1号発行                       
                    杉内 健二
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