第3章 恐怖 -    霊

文字数 938文字

                   霊

 
 あの追突事故から......はや3ヶ月。

 武井は日々社業に集中し、一時おかしくなっていた社内の雰囲気も、

 今や完全に元通りになっていた。

 柴多がいなくなった影響がないわけではなかったが、

 少なくとも今の武井にとっては、せいせいした――くらいの感じだった。

 ところが仕事以外での生活は、以前とはかけ離れたものに成り果てている。

 武井は付き合っていた女性全員に、退院後、一方的に別れを告げた。

 クラブなど女性のいる店へ、仕事関係以外では一切行かなくなった。 

 これまで女性と過ごしていた時間を、

 彼は自由気ままに過ごすようになるのだ。

 仕事で遅くなった時でも、
 以前なら我慢する時間帯に平気で腹を満たし、

 ホテルのバーでアルコールなど楽しんでから帰宅する。

 そんな生活が続いて、退院時に10キロ増だった体重は、

 さらに20キロ近くも増えてしまった。

 もはや凛々しさや精悍さは微塵も感じられず、唯一その顔付きだけに、

 一筋縄ではいかない気質を僅かながらに残しているだけ。

 しかし、そんな変わり果てた姿になっても、

 武井はまるで気にしていなかった。
 
 彼の関心事とは、武井商店をさらなる巨大企業へと押し上げることだけで、

 もはや日本だけに留まっているわけにはいかないからであった。

 ちょうどその日もお昼から、

 アジアで先行進出した台湾政財界のパーティーがあり、

 彼はいつも同様食事には手を付けずに、会場中を精力的に動き回った。

 そうしてようやく一息ついた頃、彼はふと、

 不思議なものに気が付いてしまう。

 視線の先5メートルほどのところに、

 さっき名刺交換を済ませたばかりの台湾企業の陳社長がいた。
 
 老年に差し掛かっている彼は、なぜか真っ青な顔をして、

 目を見開いたままその場にじっと動かない。

 けれどそれだけならば、少し飲み過ぎたのか? 

 と思う程度のことだった。

 ところがそれから武井は、

 異様な光景にしばらく陳社長から目が離せなくなる。
 
 ――どうして? これで、なんで騒ぎにならないんだ!?
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