第9章 喪失 - 焦げた鎖  

文字数 742文字

                焦げた鎖

  
 あれから、どれくらいが経ったのだろうか? 

 少なくともさっきまで夕陽に染まっていた空が、

 それなりの......時間経過を感じさせていた。

 そして、つい今し方降り始めた雨が、その勢いを増してきて初めて、

 彼はやっと気が付いていた。

 ずっと聞こえていたサイレンの音が、

 今はもうまったく聞こえていない。

 ポツポツという雨音だけが、ずっと辺り一面に響き聞こえているのだ。

 やがて、土砂降りとなった雨は、

 まるで急げと言っているように武井には聞こえた。

 ――いつまでそこにいるつもりだ。とっとと失せろ!

 まさしくそんな感じで、

 天が彼の頭上から大粒の雨を降らせている。

 あっという間にずぶ濡れになり、

 武井はむせ返る水蒸気の中、ゆっくりと立ち上がった。

 すると、白く霞んだ先に何かを見つける。

 彼は恐る恐るそれに近付き、

 雨水に音を立てる残骸へと手を伸ばしていった。

 しかしつかみ上げた途端、あまりの残熱に芝地へ放り投げてしまうのだ。

 それは大型犬用のチェーンで、優子が飼っていた犬を訓練するため、

 武井が買い与えていたステンレス製のものだった。

 しかし犬が死に、テラスに放り置かれて、

 それが今雨水に晒され、

 ジュッと音を立てながら微かに水蒸気を放った。

 武井はそんなチェーンを見据えながら、しばらく呆然と立ち尽くす。

 そしてふと、何かを思い付いたように辺りを見回し、

 足元にある金属製の折り畳み椅子に気が付くと、

 なぜかその手でつかみ上げた。

 それは真っ黒に変色していたが、

 その機能自体を失ってはいないように見える。

 彼はその椅子を引き摺りながら、

 やはり焦げ付いて黒くなったチェーンを再び手にして、

 芝地を取り囲む塀の方へ歩いていった。
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