第7章 はじまり - 劇団ときわ(2)

文字数 1,936文字

              劇団ときわ(2)


 日本有数の資産家と言われる年老いた夫婦が、

 だだっ広い屋敷に、2人だけで暮らしている。

 もちろん、通いの家政婦他、昼間はそれなりに人の行き来はあった。

 しかし遅番の家政婦が帰ってしまえば、

 後は長い夜を2人っきりで過ごさねばならない。

 子供は息子2人と娘1人で、それぞれが結婚して既に家を出ていた。

 立派に巣立っていったはずの彼らだったが……、

 もし、両親どちらかが亡くなったら……? 

 誰が残された親の面倒を見るか? 
 
 さらに両親2人共あの世に召されたならば、

 財産をどのように分けることになるのか!?
 
 3人は顔を合わせれば言い争い、両親は陰でたいそう悲しんでいた。

 そんなある日、老夫婦はまこと巧妙な詐欺に遭い、

 あっという間に財産の大半を失ってしまう。

「だから生前贈与でも何でもしとけって言ったじゃないか!? 」

「兄さん夫婦が一緒に住んであげないから、こんなことになったんじゃな
 い! 」

「あてにしてたんだぜ! どうしてくれるんだよ!! 」

 3人が3人とも勝手なことを言い合い、

 さらに孫たちまでが、老夫婦に対して軽々しい態度を取り始める始末。

 2人は深く悲しんだ。

 そしてある朝、いつまでも起きてこない老夫婦を不審に思った家政婦が、

 寝室のベッドで息絶えている2人を発見する。

 その亡骸の傍らには、子供や孫一人一人に宛てた遺書が置かれ、

 見事なまでに、愛と感謝の心に満ちた言葉が綴られていた。

 残された家族は皆心が震え、深い後悔の念を持つ。

 しかしすべてはもう遅いのだ。


                *

 
 あなたたち1人1人、生まれてから大人になるまで、

 たくさんの喜びをどうもありがとう。

 でも、もう充分だから。わたしたちが生き続けるということは……、

 それでも残った僅かながらの財産が、

 どんどん少なくなってしまうことになる。

 だから2人で相談し、こうすることに決めました。

 本当に、わたしたちは幸せでしたよ。

 これまで、本当にありがとう……〟


                 *

 
 そう書かれたカード1枚が、

 積み重なった遺書の1番上に置かれていたのである。

 葬式の日、兄妹は人目も憚らずにわんわん泣いた。

 長男はどうしようもなく声が震え、喪主の挨拶が形にさえならない。

 しかし涙をそそらんばかりのそんなシーンに、

 親戚や弔問客は、一切涙を見せようとはしなかった。

 もし物陰からそっと、

 そんな様子を覗き見るものがいたんだとすれば、

 身勝手だった息子や娘らの言動を知っていたせいだと、思っただろう。

 ところが、彼らは真実すべてを知っていたのだ。

 しかしそれを匂わすことは固く禁じられていて、

 少しでも笑顔でも見せようものなら、

 すぐにスタッフが近寄り注意していた。

「それでは、ご参列の皆様、最後のお別れでございます! 」

 葬儀屋の仰々しいまでの大声が響き渡った。

 続いて車のクラクションを耳にして、

 車中の息子と娘は何度目かの号泣を見せる。

 その時、いきなり歓声が涌き上がるのだった。

 拍手喝采! 

 まさしくそんな物音に、

 3人はわけが分からずに慌てて車から降り立った。

 すると大勢の弔問客を背にして、

 なんと死んだはずの両親が、笑顔で並び立っているではないか。

 それから3人は戸惑い、一時恐怖の表情までを見せる。

 しかし最後の最後には、

 満面の笑みを見せる両親に向かって、我先にと走り出すのだった。


                *


「これって全部、本当にあったことなんですか? 」

 しばらくの間、パソコン画面を睨んでいた優子が、

 大きなため息を吐いてそんな声を上げた。

 〝老夫婦の願い〟――懐かしのドッキリ倶楽部日記。

 そう称されたウインドウに、

 老夫婦のストーリーがさらに事細かく書き込まれていたのだった。

「もちろん、全部お芝居だってこと前提にして、本当にあったことですよ。こ
 んなのを、スケールの大小合わせて、もう数え切れないくらいやってるんじ
 ゃないかな? まあいわゆる劇団の宣伝ですよね。あまり過激じゃないやつ
 だけ、依頼者たちの許可をもらってここに載せてるみたいです。当然みんな
 匿名なんですけどね。それで実は、このページの制作、担当してるのってう
 ちの女房なんですよ、だから会員じゃない僕も知ってるわけで……」
 
 そう言った後、岡島は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 それからさらにひと呼吸置いて、

「このご家族はね、この後本当にいい関係になったんだそうですよ。きっと、
 財産を失ってなかったってのが、一番大きかったんでしょうけど……」
 
 と続けて、岡島は意味深な笑みを浮かべて優子の顔を覗き込んだ。
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