第4章 危機 -  加治靖男(4)

文字数 1,043文字

              加治靖男(4)



「きっとあなたは、ホテルにでも連れ込んでくれれば......くらいに思っていた
 んでしょう? そうすれば、きっと富田さんも少しは大人しくなるだろうっ
 てね。ところが、もっと最高の場所で、彼はホステスの誘惑にまんまと飲み
 込まれてしまう。ところで、武井さん、そのホステスへの報酬は、いったい
 いくらだったんです? きっと驚くような金額なんでしょうね。それに、わ
 たし知りませんでしたよ。社長室に大金が隠してあるなんてこと……それで
 24時間監視カメラが作動ですか? しかしまあ、なんとも卑劣な手を使う
 もんだ……辞めさせるにしたって、いくらでも他に方法があるでしょう
 に! あなたはお遊びのつもりだったんでしょうけどね。そのせいで、彼の
 人生は大きく変わってしまったんだ……」

 社長室の監視カメラに、
 
 富田のあられもない姿がしっかりと残されていたのだ。

 それを見せられた次の日、富田は退職届を出して、
 
 自ら武井商店から去っていった。

 しかし彼の悲劇はそれだけでは終わらない。

 水商売の女を会社に連れ込み、社長室で事に及んだ。
 
 そんなことが週刊誌の記事になり、
 
 彼は再就職先が決まらないだけでなく、
 
 愛する家族までも失ってしまう。

「わたしらに連絡をくれたやつって、きっとあなたのことを、とてつもなく恨
 んでいるんだと思いますよ。だって、普通じゃないですよ、こんなことであ
 んな大金振り込んできて……ま、実際、言われたんですけどね、なんなら殺
 して貰えますかって……だからきっと、本気で期待してるんですよ。カッと
 なって、思わずあなたを殺しちゃうなんてこと。絶対に一般人じゃない
 な……ここに入る時だって、セキュリティがまったく作動してなかったんで
 す。そんなこと、役員だって指示できることじゃないでしょ? とにかく、
 覚悟しろってことですよ。報いを受ける時が来たんだって、そうお伝えする
 ことこそ、わたしがここで待っていた......一番の、目的なんです」

 加治はそう言ってゆっくりと立ち上がった。

 そして最後に一言だけ言い残し、

 神妙な一礼を見せて社長室から出ていった。

「きっと、あなたの敵う相手じゃない……」

 ――お気をつけて……。

 この最後の一言が、武井の心にやけに響いた。

「糞まみれになるくらいが何だってんだ! そんなもん、まるでどうってこ 
 とないぞ! 」 

 彼は今一度、
 
 既に消え去った加治に向け、
 
 そんな応えを声にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み