第2章 罠 - 写真(2)

文字数 966文字

 一方その頃、武井は会社に向かって、

 ただひたすらに車を疾走させていた。  

 助手席には、苛立ちの原因そのものが散乱している。

 それを彼が初めて目にしたのは......たった、数時間前、

 深夜に帰宅してすぐのこと……。

 普段なら、間違いなく優子は寝ている時刻のはずだった。

 なのに彼が玄関に入ると……、

「それ……後でご覧になってください。わたしは今夜でここを出て行きます。
 今後のことについては、ひとりになってじっくり考えてみますから……」

 廊下の先に優子が立ち、

 床に置かれた封筒を指差しながらそんなことを言ってくる。

 それから彼女は、小さめのボストンバッグを手にして、

 何も返せないでいる武井の横を、平然と通り過ぎる。
 
 しかし扉を開けたところで立ち止まり、

 優子は背を向けたまま、その夜、最後の言葉を残すのだった。

「あなたがお出掛けになった頃、細々したものをまたここに取りに参りま
 す。 それからのことはまた、岡島さんとも相談しながら考えますの
 で……」

 岡島さん――そんな名前を耳にして、武井の顔はさらに歪んだ。

 ――どうしてこんな時に、岡島の名前が出て来るんだ!? 

 そんな思いに、今さらながら岡島という男との因縁を、

 彼はまざまざと思い知るのである。

 岡島とは、武井の高校時代の同級生であり、

 学年のトップを争っていた唯一無二の男だった。

 しかし学校で孤立していた武井とは違い、岡島には友達も多く、

 なんと言ってもスポーツ万能で人気もあった。

 さらに言えば、武井が絶対的に自信のあった学業においても、

 常に勝てておれたかといえばそうでもない。

 そしてまさしく奇遇にも、

 武井商店が契約した弁護士事務所に彼が在籍していて、

 今やエース的存在にまで上り詰めているのだった。

 優子が消え去った後、そんな岡島との記憶に苛つきながら、

 武井は封筒の包みをビリビリと破り開けた。

 するといきなり、分厚いファイルが床へと滑り落ちる。

 彼は苛ついた顔付きでそれを拾い上げ、

 真っ黒な表紙を忌々しそうに捲った。
 
 その途端、

 身体中が沈み込むような恐怖に襲われ、

 彼は思わず己の目を疑った。
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