第5章 迷路 -  森

文字数 1,033文字

             森



 ここまで寝覚めが悪かったのは、

 思い返す限り人生で2度目のことだった。

 1度目は、目を開けると白い天井が見え、

 身体中が鉛になってしまったように重かった。

 それでも、運転中の記憶を思い出し、

 すぐにそこが病院であることにも気が付いた。

 しかし今回は、追突事故の時とは違って、

 自分のいる場所の意味が、まるで分からない。

 確かタクシーに乗っていた。
 
 そして、いきなり現れた酔っぱらいどもに、
 
 1万円札を何枚かくれてやろうとしていたのだ。

 ――それが……どうして?

 身体中が凍り付いたようで、息をするのさえ辛く感じる。

 起き上がるどころか、しばらくは目を開けているだけでも辛かった。

 きっと夜が明けてそうは経過していないのだろう。

 さっきまで深い霧が立ち込めていて、

 武井は凍えるような寒さに、思わずジャケットの襟を立てていた。

 ――ここは……そこそこの標高なんじゃないか?  

 そんなことを思って、サンダル履きのままゆっくりと立ち上がった。

 すると鬱蒼と生い茂った森の中、見ればまさに道なき場所に立っている。

 もちろん、瞬間移動などあり得なかった。

 となれば、何者かが武井の意識を奪い、

 彼をここまで連れてきた……と考えるしかない。

 だけど何のために? 

 こんなことをして、得をする人物などいるはずがない。

 もし万が一、その意味を見出せる人物がいるんだとすれば……。

 ――これが報い? 

 それとも、これから何かが起きるとでもいうのか?

 途端に、彼はその場に留まることが怖くなり、

 少しでも開けていそうな空間目指して歩き出す。

 すると10分ほどして、やっと道らしき1本の筋に出た。

 さらに進むと、ありがたいことに若い男女のハイカーに偶然出会う。

 素知らぬ振りして通り過ぎようとする2人へ、

「すみません……ここは、ここはいったい、どの辺なんだろう? 」

 彼としては最高の作り笑いを浮かべて、精一杯の声を掛けた。

 ハイキングコースを自ら歩いていて、ここはどこかと聞いているのだ。

 しかも彼は今、完全なる手ぶらであった。

 持ち出したバッグは見当たらず、

 封筒に残っていた金までが見事消え去った。

 しかしそれでも、充分怪しげだった武井へと、

 彼らはそこがどこだかを教えてくれた。

 ところがその答えを耳にして、彼の作り笑いは瞬時に消え去る。

 ――長野の山だって!? 

 つい睨み付けるような顔になった武井に、

 2人はビクつき、不安そうな顔を見せた。
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