第3章 恐怖 – 老婆(4)

文字数 949文字

               老婆(4)


「すぐそこって、いったいどこにだ? あんまり、馬鹿なことを言わんでくれ
 よ! 」

「ほら、ちょっと後ろを振り返ればいいんだ。そうすりゃ、あんたになら見え
 るさ。きっとこれまでだって見たことはあるんだろう? あの世に行けな
 い、かわいそうなものたちの姿をさあ……」

 何ふざけたことを! 

 そう声にしかけてふと、
 武井はパーティー会場で目にした光景を思い出す。

 宙に浮かぶ女に追い詰められ、
 
 陳社長は最後、十数メートルはある高さからのダイブを見せた。

 ――あの時の女が……あの世に行けないものだって、言ってるのか……?

「あの綺麗だった娘はね、かわいそうに、高熱で焼かれちまって、手足なんて
 骨だって残ってやしないのさ。さんざん男にやられまくって、最後は気がふ
 れたみたいになっちゃったって……悔しい悔しいって言ってくるんだ。辛く
 て辛くて、でも、あんたのことがそれ以上に憎いって、毎晩わたしのところ
 に言いに来るんだよ。だから、こっちは毎晩寝不足でね……」

 いったんそこで一息つき、老婆は武井の顔を覗き込む。
 
 そしてそのまま、
 わざとらしいくらいにゆっくりとした口調で、その後を続けた。

「さあ、どうしようか……? このまま、放っておくかい……? それと
 も……この老いぼれの言うことを聞いて……犯した罪を、少しでも償ってい
 くかいね……? 」

 犯した罪――ところがこの老婆の一言が、

 彼の激情に火を点けてしまうのだ。

「……いい加減にしろ……」 
 
 はじめは、ほんの呟くような声だった。

 ところが徐々に大きくなって、

「……いい加減にしろ! いい加減にしろ!! 」

 終いには辺り一面響き渡り、

 一斉に周りの視線がふたりに向かって注がれる。

 そんなことなどお構いなしに、

 武井は老婆の眼前ギリギリまで顔を寄せ、

「おまえは、いったい誰なんだ!? どうして彼女のことを知っている!? 
 とにかく、俺は何もしていない! あれはただ何も分からなくて……とにか
 く! 仕方のないことだったんだ! 」

 声のトーンをぐっと落とし、それでも懸命なる声を上げる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み