第6章 反撃 - 追跡(4) 

文字数 950文字

               追跡(4)


 武井は美咲のマンションから、

 ちょうどこの時刻に、帰途につくことが多かった。

 そんな時には必ず、美咲が電話でタクシーを呼び、

 到着したタクシーへも美咲が行き先を告げる。

 それから目的地に着くまで、武井が一言でも口を開くことはなかった。

「いつも不機嫌そうでね。きっと、偉い人なんだろうなあって、わたし、ずっ

 と思ってたんですよ」
 
 目的地に到着し、自動ドアが開くやいなや、
 
 武井は万札を紙切れのように助手席へと放り込む。

 そして毎回、釣り銭なんか要らないとばかりに、
 
 無言のままさっさと降り去っていた。

「それにね、いつもマンション前まで見送りに出てきた女の人、本当にお綺麗
 な方で、実はわたし、彼女の大ファンだったんですよ……」
 
 そう言って微笑む運転手の言葉で、武井はやっとすべてを理解した。

「……申し訳ない……本当に……」

「釣り銭のやり取りが煩わしかったんでしょうね……だからまあ、わたしは貰
 い過ぎてるわけですよ、これまで、さんざんね……」
 
 そんなわけで、料金は要らないんだと言ってから、さらに……、

「最近呼ばれないなあって、ずっと思ってたんですよ……それで今日久しぶり
 にね、会社に戻るついでに、この辺を流してみたんです。でもまあ……やっ
 ぱり、来てみてよかった……」
 
 運転手は心から嬉しそうな顔を見せ、そんなことをしみじみ声にした。

「お客さん、何があったか分かりませんが、きっとやり直せますよ! だか 
 ら、ぜひまた呼んでくださいね。ただこれからは、ちゃんとお釣りを受け取
 ってくださいよ……」
 
 そこで初めて、運転手が後部座席を振り返り、

 武井へその顔をしっかりと向けた。

 きっと武井の身なりに、それなりの厳しい状況を察したのだろう。

 武井は運転手の言葉に心が震え、

 図らずも黙ったまま、下を向いてしまうのだった。

 すると、ズボンのポケットから顔を出した携帯が、

 赤く点滅していることに気が付いた。

 慣れない手付きで携帯を開くと、

 着信とメッセージの履歴が表示されている。
 
 武井は運転手から顔を隠すようにして、

 再生ボタンを押して携帯を耳に宛てがう。

 しばらくの案内の後、

 3時間前に録音された柴多の声が、

 ゆっくり静かに聞こえ始めた。
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