第2章 罠 - 憎悪

文字数 872文字

               憎悪 


 同じ頃、武井の車は既に、自宅ガレージの中にあった。

 彼は帰宅してからずっと飲み続け、

 まだ日も明るいというのに、見事に酔っぱらってしまっていた。

 缶ビールを5本飲み干し、飲み掛けだったブランデーを1本空けた。

 さらにリビングをふらふらと歩き回り、

 今度は優子が残していったワインボトルに手を伸ばす。

 彼はそのまま口を付けるが、

 コルクが刺さったままでは飲めるはずもなかった。

 武井は大きく舌打ちをして、やはりふらつきながら台所へと向かった。

 そこでワインオープナーを懸命に探すが、

 どこを引っ掻き回してもまるで見つからない。

 先週、武井が退院して家に帰ると、

 優子の荷物はきれいさっぱりなくなっていた。

 家具や絵画などはそのままだったが、

 台所の調理器具など、愛着のあるものすべて持ち出したらしい。

 ――あんなものまで、持っていきやがったのか!?

 彼は終いに、ボトルの底を手に持ち、

 細くなった部分を床に叩き付け始める。

 しかし何度やっても、当然ボトルはびくともしない。

 ――くそっ……馬鹿にしやがって……。

 急に込み上げるじりじりした思いに、

 ふと、武井は昼間の出来事を思い出した。

「社長……ですか? いったい、どうしちゃったんです? 」

 いきなり女が振り返り、馴れ馴れしくも武井に向けてそう言った。

 ――怒鳴ってやれば、良かったんだ……それなのに俺は……。

 間違いなくその女は、武井に社長と呼び掛けていた。

 思い返せば、秘書課の制服を着ていたようにも思える。

 そうであるなら、武井が恐れる必要などまるでないのに、

 彼はその場から逃げ出してしまった。

 手にあったコンビニ袋を女へ投げ付け、

 慌てて車に乗り込みエンジンを掛けた。

「くそっ! 馬鹿にしやがって! 」

 再び声となったそんな思いは、誰に向けてというわけではなく、

 世の女性すべてに向けられているようだった。
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