第2章 罠 - 川田宏奈(2)

文字数 778文字

 そして、そんなことから1時間くらいが経った頃、

 宏奈は1人、本社28階に舞い戻る。

 会議室【役員専用】――そんなプレートをじっと見つめ、

 なんて言おう? 

 しばらくそんなことばかりを考えた。

 いきなり現れたその姿は、彼女の知る武井ではもはやなかった。

 引き締まって見えた身体は肥えて丸くなり、

 これまで同様の高級スーツなんだろうが、

 よれよれでとてもそんなふうには見えない。

 彼は片手に膨れ上がったコンビニ袋をぶら下げ、

 松葉杖姿で宏奈のことをじっと睨みつけていた。

 ――生懸命お願いはしたんです! 
 ――でも、そのまま車でどっかに行っちゃって……。

 そう言って頭を下げてしまえば、すべては終わるはずだった。

 扉の向こう側にいる上層部の連中は、

 その後の自分になんの興味も示さない。

 きっとそうに決まってる!

 そう思った途端、急に何もかもがバカバカしく感じられた。

 ――もう、こんな会社……ダメじゃん!

 そんな思いが涌き上がり、

 真剣に悩んでいたことが嘘のように軽くなった。 

 宏奈は会議室の扉に向かって一礼だけすると、さっさとそこから走り去る。

 ロッカールームで私服に着替え、

 明日にでも、電話で退職すると言えばいい……

 宏奈は晴れやかな気持ちでそんなふうに思って、

 太陽がさんさんと降り注ぐ表通りへと出て行った。

 ――さてと……久しぶりに、銀座で映画でも観ちゃおうかな?

 ウキウキしながら歩くそんな宏奈の背中を、

 2人の男が遠くビルの物陰からじっと見つめていた。

 その存在を、当然彼女はまるで気付かない。

 しかしそれから数分後……。

「川田、宏奈さん? ですよね? 」

 振り向く宏奈に、

 男たちはさも嬉しそうに微笑んだ。
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