第3章 恐怖 – 脱出(3)

文字数 601文字

                  脱出(3)


 ――どこに、消えちまったんだ……?

 最後に目にした薫は、今まさに、彼が立っている場所にいた。

 ところが、どこをどう見回しても、

 彼女の着ていたワンピースの赤い色が見当たらない。
 
 それどころか、彼はそこに残されたものを見て、

 薫が自らの力で立ち去ったのではないことを知った。

 真っ赤なハイヒールが片方、樹木の根っこに挟まり残っていた。
 
 そしてさらに、ずっと彼女の手にあったパーティーバッグが、

 その口をぱっくり開けて転がっているのだ。

 彼は怖々手に取ってみるが、バッグの中身は空っぽで、

 口紅1つ残されてはいない。
 
 ――えらいことになった!

 つかんでいたバッグを放り投げ、

 武井は再び屋敷とは反対方向へと走り出す。
 
 さっきまで消え失せていた恐怖が、

 何倍にもなって舞い戻った瞬間だった。 
 
 間違いなくあいつらは、さっきまでこの辺にいた。
 
 彼女を連れ去り、今まさに自分へと牙を剥こうとしているのかも知れない。

 今度は、頭に傷を負うくらいで済むとは限らないのだ。
 
 その時、彼の脳裏から薫は消え去り、

 ただひたすら屋敷から遠ざかることだけを考え続けた。

 そうしてようやく森から這い出た時には、

 完全に夜も明け、煌々と朝日が差し込み始めていたのである。
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