第3章 恐怖 – ワンピースの女

文字数 1,068文字

               ワンピースの女


 月明かりで薄らとだけ見える室内に、1人の女が佇んでいた。

 赤黒く変色し、元の色が分からなくなったワンピースはあちこちが裂け、

 奇妙なほどに白い肌を露出させている。

 両方の脚には、黒い血の跡が滴るように流れ連なっているのだ。

 その姿を目の前にした誰もが、

 その凄惨な有り様に目を背けたくなるに違いない。

 そんな姿がぼんやりと、部屋の中央に浮かび上がって見えていた。

 女に突如、光が当てられたのは、

 深夜ではないが宵の口はとうに過ぎ去った頃、

 車のライトが室内へと入り込んだからだった。

 光が外から室内を照らし、その姿がぼんやりと浮かび上がる。
 
 ――あれはいったい……なんだったんだ?

 ついさっき目にしたものが何なのか? 
 
 武井はしばし、車から降りずに考え続けていたのである。

 彼は老婆と別れた後、

 結局そのまま更衣室で着替え、再び会社へと戻っていた。

 それからいつも通り深夜まで仕事をこなし、自分の運転で家路に就く。

 そしてついさっきガレージ前に車を停めて、

 右側のウインドウから一つの窓を凝視していた。

 それは、リビングへと繋がるダイニングルームに面した窓で、

 庭側の壁のほとんどが、特注の大きな強化複層ガラスとなっている。

 彼はそんな窓越しに見えたものを、脳裏で何度も思い返した。

 門から屋敷に向かって直進する車を少しだけ左に向けると、

 HIDヘッドライトのロービームがダイニングの窓に当たって、

 その先を一瞬だけ明るく照らす。

 その瞬間間違いなく、人の姿をした何かが浮かび上がって見えたのだ。

 ――あれは……確かに女だった……しかし……?

 優子がいた頃であれば、ダイニングテーブルに花が飾られたり、

 新しく運び置かれるものだってあっただろう。

 だからそれを何かの拍子に、女性の姿と見間違える。
 
 しかし今では、そんなことは決してないはずだった。

 さらに言うなら、優子がいなくなり女たちとも切れた今、

 ダイニングに女が立っていることなどあり得ない。

 武井はそんなことをひと通り思い浮かべ、

 もう一度車をゆっくりとバックさせていった。

 再び同じところへ、今度はハイビームを当ててみようと考えたのだ。

 しかし彼はそうする寸前、

 ――冗談じゃない! 俺は何をやってるんだ!

 不意に、そんなことをしている自分自身にムカつきを覚える。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み