第8章 収束 - さらなる狂い

文字数 1,079文字

               さらなる狂い


 ――役の中と間違えちゃったわあ! 

 ――今のうそうそ! 忘れてちょうだい!! 
 
 こんな慌てる声に、さっきから笑い通しの愛に向かって、

 中津が真剣に怒って言った。

「まったく! いつまで笑ってるのよ! 早く忘れてしまいなさい!! 」

「ああ〜あ、さっきのホント面白かった! 中津さんって、どうしていつもそ
 んなオネエ言葉なんです? 奥さんだっているんでしょ? それとももしか
 して、そっちの方がフェイクなの? 」

「何! 馬鹿なこと言ってるの? 違うわよ、これは昔っからなの! 」

「ふ〜ん、でも普通にもしゃべれるじゃない? わたしはどっちかと言うと、
 普通の方が似合っていると思うけどなあ……」
 
 そう言って笑う愛の前で、中津はいきなり話題を変えた。

 いつも同様オネエ言葉ではあったが、妙に沈んだ声で言ってくる。

「でも、なんだかかわいそうよね、人を刺し殺したかも知れないってのに、台
 本通り会社に向かったなんて、あの人が頼れるのはもう、会社とお金しかな
 いんだわ……」
 
 呟くような中津の言葉に、

 愛もそこでようやく、それまでの笑顔を消し去った。
 
 2人は既に屋敷を後にして、

 米国製のワゴン車の中、向かい合っていたのである。
 
 一方武井はその頃、待ち構えていた劇団のタクシーに乗り、

 やはり社長室へと向かっていた。

 そしてまさしく台本通り、バッグを手にして現れ、

 ビルを取り囲むように待機していたタクシー6台のうち1台に、

 武井はまんまと乗り込んだ。

 さらに突然現れた酔っぱらいに、

「頼む! 他のタクシーを拾ってくれ! 」

 そう声にした次の瞬間、

 武井は強力な麻酔スプレーによって眠らされてしまうのだ。

 酔ったふりを見せていた3人の男達は、

 ぐったりした武井をワゴン車へと乗せて、

 頬に塗られた赤いチークを拭いながらも早々に車を出発させる。

「目が覚めませんかね? 長野ってのは、少し遠過ぎません? 」

「一応強烈なのを嗅がせてあるからね……ヘリの時も、これで何時間も眠った
 らしいから、きっと大丈夫だろう。それに、目が覚めたら覚めたで構わんの
 さ、逆にその方が恐ろしいんじゃないのか? 本人にしてみればさ……」
 
 運転する男の問いに、別の1人がそう言ってニヤッと笑った。

 彼が目を向ける先には、目隠しに猿ぐつわ、

 両手両足を縛り上げられた武井の姿があった。

 彼がこうやって眠らされるのは、男の言うように今回が2度目で、

 一度目はホテルから飛び立ったヘリの中......、

 武井が乗り込んだ後、あっという間の出来事だった。
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